・・・ 全く自ら筆を操る事が出来なくなってからの口授作にも少しも意気消沈した痕が見えないで相変らずの博引旁証をして気焔を揚げておる。馬琴の衒学癖は病膏肓に入ったもので、無知なる田夫野人の口からさえ故事来歴を講釈せしむる事が珍らしくないが、自ら・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・と相川は眉を揚げて、自分で自分の銷沈した意気を励ますかのように見えた。煙草好きな彼は更に新しい紙巻を取出して、それを燻して見せて、自分は今それほど忙しくないという意味を示したが、原の方ではそうも酌らなかった。「乙骨君は近頃なかなか壮んな・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・佐伯は、先刻から意気銷沈している。まるで無意志の犬のように、ぶらりぶらり、だらしない歩きかたをして、私たちから少し離れて、ついて来る。「お茶に誘うなんてのは、お互、早く別れたい時に用いる手なんだ。僕は、人から追っぱらわれる前には、いつでもお・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・次男は、意気銷沈の態である。かえす言葉も無く、ただ、幽かに苦笑して母のこごとを聞いている。この次男は、兄妹中で最も冷静な現実主義者で、したがって、かなり辛辣な毒舌家でもあるのだが、どういうものか、母に対してだけは、蔓草のように従順である。ち・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・それが過剰になると憂鬱になったり感傷的になったり怒りっぽくなったりするし、また、過少になると意気銷沈した不感の状態になるのでないかと思われる。そこで分泌が過剰でもなく過少でもない中間のある適当な段階のある範囲内にあるときが生理的に最も健全な・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・労働に疲れ種々の患難に包まれて意気銷沈した時には或は小さな歌謡を口吟む、談笑する音楽を聴く観劇や小遠足にも出ることが大へん効果あるように食事も又一の心身回復剤である。この快楽を菜食ならば著しく減ずると思う。殊に愉快に食べたものならば実際消化・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫