・・・アイヌ人でも美しい人は矢張り色が白く、濃い眉に深みのある瞳を持っていますから黒っぽいアイヌの平生着と、よく調和して、その背景になっている北海道の大自然と、アイヌはしっくりと合っていますから一層趣が深うございます。 今一つ云ってみたい・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
・・・ことであるリアリティーを創り出しつつ、こちらから携帯して行った諸問題を背負わせるにふさわしい人物を兵の中に捉え、全く観念の側から人間を動かして、結論的にはそれらの観念上の諸問題が人間の動物的な生存力の深みに吸い込まれてしまうという過程を語っ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・――純白な紙、やさしい点線のケイの中に何を書かせようと希うのか深みゆく思い、快よき智の膨張私は 新らしい仕事にかかる前愉しい 心ときめく醗酵の時にある。一旦 心の扉が開いたら此上に私の創る世界が湧上ろ・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・これらのことをふくめて総体に見れば、老大家たちの作品の多くは、その社会的文学的効果において、文学を前進せしめ、新たな深みをあたえる意義は持たなかったのである。 正宗白鳥は自然主義時代からの作家として今日も評論に小説に活動して一種の大御所・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・それが非常に面白く使ってある。深みがあり、実感は非常に強い。 レーニンの葬式の画、これは記録として撮って置いたものに音をつけたのだが、レーニンという人間が死んだ時に、世界中のプロレタリアートがどんなに感動したかということを音でよく現して・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・ 魂の深みを顧みて見ると、そういう風な悔恨を沁々と味わずには居られない。 此は決して郷愁がさせる業でもなければ、感傷主義の私生児でもない。其は確だ。一つでも、その半片でも、人間が受けている、或は受けなければならない苦難を知ると、その・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・ 沼で一番の深みだといわれている三本松の下に、これも釣をしているらしい小さい人影を見るともなく見守りながら、意識の端々がほんのりと霞んだような状態に入って行ったのである。 それからやや暫く立ってから、彼はフトもとの心持に戻った。どの・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ひろ子は、この広場の上を、いまおだやかにことなく過ぎてゆく時の流れの深みを、感動なしに感じることが出来なかった。「どうしたんでしょう……もうそろそろ二時ですよ」 腕時計を見た一人がつぶやいた。集りは一時から開かれる予定であった。・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・愛の神秘、官能の秘密、生活の底知れぬ深み、それをつかもうとしないでいられるか。恐らく何人もかつて一度はこれらの要求をその胸に抱いたであろう。ある人々はついにこの要求に全心を占領させるのである。科学の道に入れば彼は自然と人生とに現われた微妙な・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・従って先生は対話の場合かなり無遠慮に露骨に突っ込んで来るにかかわらず、問題が自分なり相手なりの深みに触れて来ると、すぐに言葉を転じてしまう。そうして手ざわりのいい諧謔をもって柔らかくその問題を包む。これらの所に先生の温情と厭世観との結合した・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫