・・・谷間の霧の底を歩いてみることが好きであった。深海の底というものは、きっとこんなであろう、と思った。さちよが、小学校を卒業したとしに、父は、ふたたび隣りのまちの女学校に復職した。さちよの学費を得るためであった。さちよは、父のつとめているその女・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 隊長シュミット氏は一行中で最も偉大なる体躯の持ち主であって、こういう黒髪黒髯の人には珍しい碧眼に深海の色をたたえていた。学術部長のウィーゼ博士は物静かで真摯ないかにも北欧人らしい好紳士で流暢なドイツ語を話した。この人からいろいろ学術上・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・に精通しないその犠牲者である。深海に波立たずいつもしーんとして重く悠々たるのは、金庫の中にその生活を深く沈めている人々である。 女のモラルという、目立つのが一倍損というような社会現象をとりあげて語るならば、私たちは、その頽廃を導き出し、・・・ 宮本百合子 「人間の道義」
出典:青空文庫