・・・この時の私の心もちは、私自身さえ意識出来なかったほど、混乱を極めていたのでしょう。私はただ、私の俥が両国橋の上を通る時も、絶えず口の中で呟いていたのは、「ダリラ」と云う名だった事を記憶しているばかりなのです。「それ以来私は明に三浦の幽鬱・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・しかし、私の頭脳は少しも混乱して居りません。安眠も出来ます。勉強も出来ます。成程、二度目に第二の私を見て以来、稍ともすると、ものに驚き易くなって居りますが、これはあの奇怪な現象に接した結果であって、断じて原因ではございません。私はどうしても・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・在来の生活様式がこの事実によってどれほどの混乱に陥ろうとも、それだといって、当然現わるべくして現われ出たこの事実をもみ消すことはもうできないだろう。 かつて河上肇氏とはじめて対面した時、氏の言葉の中に「現代において哲学とか芸術とかにかか・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・A それだけ混乱していたら沢山じゃないか。B うむ。そうすっとまだまだか。A まだまだ。日本は今三分の一まで来たところだよ。何もかも三分の一だ。所謂古い言葉と今の口語と比べてみても解る。正確に違って来たのは、「なり」「なりけり」・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・そうしてすべてこれらの混乱の渦中にあって、今や我々の多くはその心内において自己分裂のいたましき悲劇に際会しているのである。思想の中心を失っているのである。 自己主張的傾向が、数年前我々がその新しき思索的生活を始めた当初からして、一方それ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 破壊後の生活は、総ての事が混乱している。思慮も考察も混乱している。精神の一張一緩ももとより混乱を免れない。 自分は一日大道を闊歩しつつ、突然として思い浮んだ。自分の反抗的奮闘の精力が、これだけ強堅であるならば、一切迷うことはいらな・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・幸い革命党に人物がないから太平を粧っていられるが、何年か後には必ず意外の機会から全露を大混乱に陥れる時がある」とはしばしば云い云いした。「その時が日本の驥足を伸ぶべき時、自分が一世一代の飛躍を試むべき時だ」と畑水練の気焔を良く挙げたもんだ。・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・侯も国論には敵しがたくて、終に欧化政策の張本人としての責を引いて挂冠したが、潮の如くに押寄せると民論は益々政府に肉迫し、易水剣を按ずる壮士は慷慨激越して物情洶々、帝都は今にも革命の巷とならんとする如き混乱に陥った。 機一発、伊公の著名な・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ものを考えるには、こうして暗い道を歩くのが適したばかりでなしに、せっかく、楽しい、かすかな空想の糸を混乱のために、切ってしまうのが惜しかったのです。 先生は、年子がゆく時間になると、学校の裏門のところで、じっと一筋道をながめて立っていら・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・然も現下の支那に於ける思想上の混乱に際し、世界キリスト教青年大会というような麗々しい看板をかけて、一体彼等は何をなさんとするかということに対して、こういう反抗の気勢の揚ったのも偶然ではない。 今日の宣教師の中に幾人の人格者があるか。宗教・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
出典:青空文庫