・・・日本もフランスも共に病体であり、不安と混乱の渦中にあり、ことに若きジェネレーションはもはや伝統というヴェールに包まれた既成の観念に、疑義を抱いて、虚無に陥っている。そのような状態がフランスではエグジスタンシアリスムという一つの思想的必然をう・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・今日の世相が書ける唯一の作家としての、武田さんの新しいスタイル――混乱期の作品らしいスタイル――「雪の話」の名人芸を打ち破って溢れ出るスタイルを待望していた。そんな作品がどこかの雑誌に載りはしないだろうかと待っていた。「人間」や「改造」や「・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・気持にはある混乱が起こって来る。大工とか左官とかそういった連中が溪のなかで不可思議な酒盛りをしていて、その高笑いがワッハッハ、ワッハッハときこえて来るような気のすることがある。心が捩じ切れそうになる。するとそのとたん、道の行手にパッと一箇の・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・彼は世界の災厄の原因と、国家の混乱と顛倒とをただすべき依拠となる真理を強く要請した。「日本第一の知者となし給へ」という彼の祈願は名利や、衒学のためではなくして、全く自ら正しくし、世を正しくするための必要から発したものであった。 善と・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・原は相川と一緒に電車を下りた時、馳せちがう人々の雑沓と、混乱れた物の響とで、すこし気が遠くなるような心地もした。 新しい公園の光景はやがて二人の前に展けた。池と花園との間の細い小径へ出ると、「かくれみの」の樹の葉が活々と茂り合っていて、・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・ 同時に、一方では、あのおそろしい猛火と混乱との中で、しまいまで、おちついて機敏に手をつくし、または命をまでもなげ出して、多くの人々をすくい上げた、いろいろの人々のとうといはたらきをも忘れてはなりません。たとえば、これまで深川の貧民たち・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 夏、家族全部三畳間に集まり、大にぎやか、大混乱の夕食をしたため、父はタオルでやたらに顔の汗を拭き、「めし食って大汗かくもげびた事、と柳多留にあったけれども、どうも、こんなに子供たちがうるさくては、いかにお上品なお父さんといえども、・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・それからまもなく、れいのドカンドカン、シュウシュウがはじまりましたけれども、あの毎日毎夜の大混乱の中でも、私はやはり休むひまもなくあの人の手から、この人の手と、まるでリレー競走のバトンみたいに目まぐるしく渡り歩き、おかげでこのような皺くちゃ・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・そうして十五回の終りに判定者がロスの方に勝利を授けたが、この判定に疑問があるというので場内が大混乱に陥ったということである。自分は拳闘のことは何も知らないが、しかしこの判定がやはり少し変に思われた。 ロスの方は体躯も動作も曲線的弾性的で・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・ただ錯雑した混乱のあらしの中に、時々瞬間的に映出される白馬のたてがみを炎のように振り乱した顔の大写しは「怒り」の象徴としてかなりに強い効果をもっていたようである。「西部戦線異状なし」は、今日の映画としては、別にこれといって頭に残るほどの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫