・・・ 批評家は、一九四九年のこの錯雑混沌とした文学と文学者のありように対して、どうして、ただ押しまくられているしかなかったのだろうか。「また、いつかはそれをやりとげないでは結局、羊頭をかかげて狗肉を売るそしりをまぬかれないだろう」というのな・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ 日々の生活感情がそのようだし、十二月号の雑誌をいくつか見ると、従来なら吉例的にたとえ外面からのことは承知でも何か一年の総括めいた空気を盛っていたものが、今年の十二月号には、あらゆる面で、ものごとの渾沌としたはじまりの動きばかりが強く反映・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ 不安の文学という霧がこの渾沌から湧き上った。時代の知性の特色は帰趨を失った知識人の不安であるとされ、不安を語らざる文学、混迷と否定と懐疑の色を漉して現実を見ない文学は、時代の精神に鈍感な馬鹿者か公式主義者の文学という風になった。そして・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・彼の渾沌たる智は、「今」に発育しつつある文明の急速な変転を知り、理解するには余り頑迷でございます。彼を自殺させる女性観は、米国婦人の持つ総ての積極と自動的生活との前にしどろもどろな咆吼を致します。女性に対する誤った態度は、彼に触れる総ての女・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 千葉先生には、何もわかっていなかっただろうが、私としては、この興味のふかい西洋史の時間のおかげで、自分の渾沌世界に、どうやら整理をつけるおぼろげな筋道を与えられたのであった。 千葉先生が熱心に教えられるその眼を見ると、感動が心に湧・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・今日の現実の内包している諸事情を、真に人民としての洞察と無私にたって観察すれば、こういう幾本かの筋が、くっきりと混沌の中から浮んで来るのである。 私たちは自分たち自身を過りにおとしいれ思わぬワナにはめないために、食糧管理委員会の運営の方・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・が、それらは私どもの希望するような創造活動として現れているかといえば、けっして、単純に肯定しかねる実際だと思います。混沌と、混乱が目立っていると思います。 今日の文学とジャーナリズム 文学は新しく出発してゆこう・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・自分の最初の形代人間が、渾沌から渾沌に亙る雄大な認識と、音楽のように豊かな複雑な感情を持ちながら、神が絶対を示そうとする運命に圧せられきる有様を、平然と見ては居られないのです。 ああ此処でも、遙かな雲に遮られてはいるが、彼等の精神と意・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・これなくしては人は意識の混沌と欲求の分裂との間に萎縮しおわらなくてはならぬ。人が何らか積極的の生を営み得るためには「虚無」さえも偶像であり得る。 偶像が破壊せられなくてはならないのは、それが象徴的の効用を失って硬化するゆえである。硬化す・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・ 人生は混沌。肉の執着といい生命虚栄の執着という、すべて人生を乱す魔道である。数億の人類が数億の眼を白うして睨み合う。睨み合う果てに噛み合いを初める。この地獄に似る混沌海の波を縫うて走る一道の光明は「道徳」である。吾人はここにおいて現代・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫