・・・……しかし兎に角この人は混血児だったかも知れないね。」 僕はK君に返事をしながら、船の中に死んで行った混血児の青年を想像した。彼は僕の想像によれば、日本人の母のある筈だった。「蜃気楼か。」 O君はまっ直に前を見たまま、急にこう独・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・のみならず二三度見かけたところではどこかちょっと混血児じみた、輪廓の正しい顔をしています。もう一人の狂人は赤あかと額の禿げ上った四十前後の男です。この男は確か左の腕に松葉の入れ墨をしているところを見ると、まだ狂人にならない前には何か意気な商・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・上の男の子はあの頃四つくらいで名はエンリコとかいうそうだが、当り前の和服を着て近所の子供と遊んでいるのを見ては混血児と思われぬようであった。黒田はこの児を大変に可愛がってエンチャン/\と親しんでいた。父親が金をこしらえあげた暁にこの児の運命・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・異人種間の混血児は特別なる注意の下に養育されない限り、その性情は概して両人種の欠点のみを遺伝するものだというが、日本現代の生活は正しくかくの如きものであろう。 銀座界隈はいうまでもなく日本中で最もハイカラな場所であるが、しかしここに一層・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・その他の小説をよんだ人は、ファシズムの日本で国際結婚をして日本に来ていた外国の男女の人々、その混血児たちの生活がどんなに苦しく、非人間的であったかを十分想像するだろう。上品に語られずにいる苦しさを思いやると肌の粟だつ思いがする。またシュール・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・そして混血児を見るような感じがする。 根津の神社のわきの坂は、青っくさいようなモルヒネのような香がする。 巣鴨ステーションの近所はもちのこげたような香がする。そいであすこいらの小家がみんなかびたもちで目に見えない大きなさいばしがそれ・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・なぜなら私は悪しき西洋文明と貧弱な日本文明との混血児が最も栄えつつあるのを見ているのだから。――しかし私は西洋文明を拒絶することによって真に日本的なものが現われるとは信じない。偉大な西洋文明を真髄まで吸収しつくした後に、初めて真に高貴な日本・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫