・・・底の底から清められ深められたクララの心は、露ばかりの愛のあらわれにも嵐のように感動した。花の間に顔を伏せて彼女は少女の歌声に揺られながら、無我の祈祷に浸り切った。 ○「クララ……クララ」 クララは眼をさまして・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・手も清め、口もそそぐ。……あの手をいきなり突込んだらどのくらい人を損ったろう。――たとい殺さないまでもと思うと、今でも身の毛が立つほどだ。ほてって、顔が二つになったほど幅ったく重い。やあ、獅子のような面だ、鬼の面だ、と小児たちに囃されて、泣・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 六 紫玉は待兼ねたように懐紙を重ねて、伯爵、を清めながら、森の径へ行きましたか、坊主は、と訊いた。父も娘も、へい、と言って、大方そうだろうと言う。――もう影もなかったのである。父娘はただ、紫玉の挙動にのみ気を奪・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・不躾ですが、御手洗で清めた指で触って見ました。冷い事、氷のようです。湧いて響くのが一粒ずつ、掌に玉を拾うそうに思われましたよ。 あとへ引返して、すぐ宮前の通から、小橋を一つ、そこも水が走っている、門ばかり、家は形もない――潜門を押して入・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 掃清めた広い土間に、惜いかな、火の気がなくて、ただ冷たい室だった。妙に、日の静寂間だったと見えて、人の影もない。窓の並んだ形が、椅子をかたづけた学校に似ていたが、一列に続いて、ざっと十台、曲尺に隅を取って、また五つばかり銅の角鍋が並ん・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・手も清めないで、失礼な、堪忍して下さいまし。心が乱れて不可ません。またお目にかかります。いいえ、留めないで。いいえ、差当った用がござんす。思切りよくフイと行くを、撫子慌しく縋って留む。白糸、美しき風のごとく格子を出でてハタと鎖す。撫・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・戦争の火は人間の心を焼き清めて、一生懸命の塊りにして呉れる。然し、こおうなればどこまでもこわいものやさかい、その方でまた気違いになるんもある。どッちゃにせい、気違いや。大石軍曹などは一番ええ、一番えらい方の気違いや。」「うちの人もどっち・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・今と違って遊山半分でもマジメな信心気も相応にあったから、必ず先ず御手洗で手を清めてから参詣するのが作法であった。随って手洗い所が一番群集するので、喜兵衛は思附いて浅草の観音を初め深川の不動や神田の明神や柳島の妙見や、その頃流行った諸方の神仏・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それは身体を流れめぐって、病気に汚れた彼の血を、洗い清めてくれるのだ。「俺はだんだん癒ってゆくぞ」 コロコロ、コロコロ、彼の小さな希望は深夜の空気を清らかに顫わせた。 六 窓からの風景はいつの夜も渝らなかった・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ これらは不幸な、あるいは酬いられぬ恋であったとはいえ、恋を通して人間の霊魂の清めと高めとの雛型である。古くはあるが常に新しい――永遠の物語である。 恋には色濃い感覚と肉体と情緒とがなくてはならぬ。それは日本の娘の特色である。この点・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
出典:青空文庫