・・・あ、この幽艶清雅な境へ、凄まじい闖入者! と見ると、ぬめりとした長い面が、およそ一尺ばかり、左右へ、いぶりを振って、ひゅっひゅっと水を捌いて、真横に私たちの方へ切って来る。鰌か、鯉か、鮒か、鯰か、と思うのが、二人とも立って不意に顔を見合わせ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・然りと雖も相互に於ける身分の貴賤、貧富の隔壁を超越仕り真に朋友としての交誼を親密ならしめ、しかも起居の礼を失わず談話の節を紊さず、質素を旨とし驕奢を排し、飲食もまた度に適して主客共に清雅の和楽を尽すものは、じつに茶道に如くはなかるべしと被存・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・書画骨董と称する古美術品の優秀清雅と、それを愛好するとか称する現代紳士富豪の思想及生活とを比較すれば、誰れか唖然たらざるを得んや。しかして茲に更に一層唖然たらざるを得ざるは新しき芸術新しき文学を唱うる若き近世人の立居振舞であろう。彼らは口に・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・『江頭百詠』は詼謔を旨とした『繁昌記』の文とは異って静軒が詩才の清雅なる事を窺知らしむるものである。静軒は花も既に散尽した晩春の静なる日、対岸に啼く鶯の声の水の上を渡ってかすかに聞えてくる事のいかに幽趣あるかを説いて下の如くに言っている。「・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫