・・・「――おかげで退屈しないで済みました。汽車の旅って奴は、誰とでもいい、道連れはないよりあった方がいいもんですなア。どんないやな奴でも、道連れがいないよりあった方がいい」「あらッ、じゃ、私はそのいやな奴ですの?」「いや、そんなわけ・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・勇に済みません。この東天下茶屋中を馳け廻って医師を探せなどと無理を言いました。どうぞ赦して下さい」と苦しげな息の下から止ぎれ止ぎれに言って、あとはまた眼を閉じ、ただ荒い息づかいが聞えるばかりでした。どうやらそのまま眠ってゆく様子です。 ・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ 「ケイズ釣に来て、こんなに晩くなって、お前、もう一ヶ処なんて、そんなぶいきなことを言い出して。もうよそうよ。」 「済みませんが旦那、もう一ヶ処ちょいと当てて。」と、客と船頭が言うことがあべこべになりまして、吉は自分の思う方へ船・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・と答えたが、事態の現在を眼にすると、復今更にハラハラと泣いて、「まことに相済みませぬ疎忽を致しました。御相図と承わり、又御物ごしが彼方様其儘でござりましたので、……如何様にも私を御成敗下さりまして、……又此方様は、私、身を捨てまして・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ところを雪江がお霜に誇ればお霜はほんとと口を明いてあきるること曲亭流をもってせば半はんときばかりとにかく大事ない顔なれど潰されたうらみを言って言って言いまくろうと俊雄の跡をつけねらい、それでもあなたは済みまするか、済まぬ済まぬ真実済まぬ、き・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「それがです、御隠居さん、旦那に祝って頂いたんじゃ私共が済みません。あんなにお力のやつもお世話さまになって置いて、七年もお店に御奉公させて置いて頂いて――その旦那がお酌しようと言って下さるじゃありませんか。オッと、それはいけません、今日・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・「さっきは、叔父が来ていて、済みませんでした。」「もう、叔父さん、帰ったの?」「あたしを、芝居に連れて行くって、きかないのよ。羽左衛門と梅幸の襲名披露で、こんどの羽左衛門は、前の羽左衛門よりも、もっと男振りがよくって、すっきりし・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
・・・しかしまあ、万事無事に済みまして結構でございました。すぐに見付かればよろしいのでございますが、もうお落しになってから約八分たっていたそうで、すっかり水を含みまして、沈みかかっていたそうでございます。水上警察がそれを見付けて、すぐに非常号音を・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・それからワイナハトマンが袋をかついで出て来ておどけて笑わせて、それで式が済みお客さんはみんな別室へはいって、ここへ陳列した子供への贈物を一覧するわけでした。なるほどこれは子供が喜ぶことだろうと思いました。式が済むと、室の外にいた貧民が一時に・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・幸いに今度はたいして危険もなくて済みそうである。同じ季節に同じ病気をして同じベコニアの花を枕もとに見るというのは偶然の事といえば偶然であるが、よく考えてみたらそこに何かの必然の因果があるのではないかという気がした。普通に偶然の暗合と見られる・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
出典:青空文庫