・・・「渋谷家の始祖」は一九一九年のはじめにニューヨークで書かれた。二十一歳になった作者が、めずらしく病的で陰惨な一人の男である主人公の一生を追究している。描写のほとんどない、ひた押しの書きぶりにも特徴がある。 ニューヨークのようなところ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ 一日 渋谷家の始祖。 五日 ダディよりの報知、帰ると決心する。 六日 買物、電報を打つ切手をたのむ。 青木さんの来た日曜。 此日に岩本、森田氏と来て、自分に日記をくれる。・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・ 昨夜は若い友人を渋谷の第一高等学校の近くへ訪ねてゆき、珍しいものを見ました。Y・Sの家ですが、昔の土蔵づくりの武者窓つきの全く大名門です。その門の翼がパァラーで主人Sの話し声がし、右手ではK女史のア、ア、ア、ア、という発声練習が響いて・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・私共はあれから渋谷まですぐ省線で来たが、エビスのところで、べこがお文公に小さい声で訊くことには、「おフーちゃん。家までつめたいもの飲まずにかえれるか」「ダメ」「では――うまい! 又ミツ豆へ行こうではないか」 どう? 淋しかっ・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・の続篇としての性格をもっている「渋谷道玄坂」をかき、その系列として「妻の座」を生んだことには、軽く通りすぎてしまうことのできない意味がみとめられる。「妻の座」は、題材の困難さも著しい。作者自身としては題材のむずかしさ、苦しさに力の限りと・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・自動車を渋谷の駅に待たせてあるのです。」と、栖方は云った。「今ごろ御馳走を食べさすようなところ、あるんですか。」「水交社です。」「なるほど、君は海軍だったんですね。」と、梶は、今日は学生服ではない栖方の開襟服の肩章を見て笑った。・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫