・・・ すべての空想が、その華麗な花と咲くためには、豊饒の現実を温床としなければならぬごとく、現実に発生しない童話は、すでに生気を失ったものです。過去のお伽噺が、その当時の生活、経験に調和して生れたものであるなら、新しい童話は、今日の生活から・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・たゞ、正純にして、多感的なる、人生の少年時代を温床となせる児童文学は、どの点より見ても、小型大衆小説にあらず、初歩の恋愛読本にあらず、従って、営利的商品にあらざることは論を俟ちません。また、そうあっていゝ理由がないのであります。 私・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・迷信の温床である。たとえば観世音がある。歓喜天がある。弁財天がある。稲荷大明神がある。弘法大師もあれば、不動明王もある。なんでも来いである。ここへ来れば、たいていの信心事はこと足りる。ないのはキリスト教と天理教だけである。どこにどれがあるの・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・「えッ? デマですか。誰が飛ばしたんです」「俺だよ、俺がこの部屋で飛ばしてやったんだよ。この部屋はデマのオンドコだからね。エヘヘ……」「オンドコ……?」「温床だよ」 そう言ってキャッキャッと笑っていた。間もなく私は武田さ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・エリカ・マンは、一九三六年、アメリカへゆき、スペイン救済の必要と、ナチス・ドイツが、戦争の温床であることを警告した。第二次大戦が勃発してから、エリカ・マンの反ナチ闘争と民主主義のためのたたかいはいっそう広汎におこなわれ、「生への逃亡」ではド・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・の中で、ソヴェト同盟の権力の下では同人雑誌を出すことを許されないということを知った、「同人雑誌こそ新しい文学の唯一の温床であるのに、それを欠く革命後のソ連文学がシーモノフにせよ」「『虹』にせよ、全く大衆小説で第二のゴルキーが出ないのも、かか・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・ ツルゲーネフは、自分の社会生活においての消極的な面、従って作家としても非現実的に陥り易い面を一番傷けず、苦しめずにおく温床のようなヴィアルドオ夫人との交渉の裡にすっかりうずまって、自分の文学的才能にだけたよって暮した。彼はパリへまで吹・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・ この入りくんだ社会感情のいきさつこそが、今日、わたしたちを渦にまきこんでいる戦争挑発の肥沃な温床である。さもなければ国際裁判の公判廷で、東條英機がどうしてあのように卑劣ないいまわしで今日もなお戦争の責任を否定し、確信ありげにファシズム・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・その深い危険の温床は、ほかならぬ憲法改正草案の欺瞞性に在るのである。 天皇に、拒否権の無いことを明示していないのは、臨機応変的解釈の危険がある。ところが、この頃自由党は、却って天皇に拒否権を与えようと大いに努力している。その自由党の鳩山・・・ 宮本百合子 「矛盾とその害毒」
・・・けれども、中学校の教育というものが、若い肉体と精神とを正当に知識的に導く力をもっていないばかりか、情操を高く明るく導く愛も喪っていて、ただ威嚇と形式上の秩序ばかりに拘泥して悲劇の温床となっていることに対する作者ヴェデキントのプロテストは今日・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
出典:青空文庫