・・・私は昨晩から笹川のいわゆるしっぺ返しという苦い味で満腹して、ほとんど堪えがたい気持であった。「しかし笹川もこうしたしっぺ返しというもので、それがどんな無能な人間であったとしても、そのために亡びるだろうというような考え方は、僕は笹川のために取・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 然しこの広告が富岡先生のこの世に放った最後の一喝で不平満腹の先生がせめてもの遣悶を知人に由って洩らされたのである。心ある同国人の二三はこれを見て泣いた。 国木田独歩 「富岡先生」
・・・せてやるのだと心得れば好かれぬまでも嫌われるはずはござらぬこれすなわち女受けの秘訣色師たる者の具備すべき必要条件法制局の裁決に徴して明らかでござるとどこで聞いたか氏も分らぬ色道じまんを俊雄は心底歎服し満腹し小春お夏を両手の花と絵入新聞の標題・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・も斜陽を一ぱい帆に浴びて湖畔を通る舟の上に、むらがり噪いで肉片の饗応にあずかっている数百の神烏にまじって、右往左往し、舟子の投げ上げる肉片を上手に嘴に受けて、すぐにもう、生れてはじめてと思われるほどの満腹感を覚え、岸の林に引上げて来て、梢に・・・ 太宰治 「竹青」
・・・「めがね猿」ばかりを笑うわけにはゆかないのである。 大蛇が豚を一匹丸のみにして寝ている。「満腹」という言語では不十分である。三百パーセントか四百パーセントの満腹である。からだの直径がどう見ても三四倍になっている。他の動物の組織でこんなに・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・と余は満腹の真面目をこの四文字に籠めて、津田君の眼の中を熱心に覗き込んだ。津田君はまだ寒い顔をしている。「いやだいやだ、考えてもいやだ。二十二や三で死んでは実につまらんからね。しかも所天は戦争に行ってるんだから――」「ふん、女か? ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ これ等の事情を以て、下士の輩は満腹、常に不平なれども、かつてこの不平を洩すべき機会を得ず。その仲間の中にも往々才力に富み品行賤しからざる者なきに非ざれども、かかる人物は、必ず会計書記等の俗役に採用せらるるが故に、一身の利害に忙わしくし・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・されば我輩、婦人の地位を高くするの議論は満腹溢るるが如くにして、自ずからその方便もなきにあらずといえども、これは他日に譲り、今日の目的は今の婦人の地位をばそのままに差置き、『女大学』をも大抵の処まではこれを潰さずして、かえって男子をしてこの・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・唯満腹の後の満足の叫び声としての歌、雌としての女の廻りに近よったり遠のいたり飛び上ったりする一種の踊り、そして最後に彼等の生活の核心であった性的祝典がおかれる。彼等は実際性的行為の中に実在したのだ。坂口安吾氏がそれ程熱中して性的生活の中にだ・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・人たちがそういうトタン屑をふいた小舎で生活しているような人間群を自身の文明社会の内にもっているという事実について、どんな感じをもち、どんな方向でその悲惨を根絶させようとしているか、あるいは平気で自身の満腹に納っているかというような相異が、文・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
出典:青空文庫