・・・それ所か、明い空気洋燈の光を囲んで、しばらく膳に向っている間に、彼の細君の溌剌たる才気は、すっかり私を敬服させてしまいました。俗に打てば響くと云うのは、恐らくあんな応対の仕振りの事を指すのでしょう。『奥さん、あなたのような方は実際日本より、・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 三 益軒の知らぬ新時代の精神は年少の書生の放論の中にも如何に溌溂と鼓動していたか! 或弁護 或新時代の評論家は「蝟集する」と云う意味に「門前雀羅を張る」の成語を用いた。「門前雀羅を張る」の成語は支那人の作ったもので・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・こう云う溌剌とした空想は中学校へはいった後、いつのまにか彼を見離してしまった。今日の彼は戦ごっこの中に旅順港の激戦を見ないばかりではない、むしろ旅順港の激戦の中にも戦ごっこを見ているばかりである。しかし追憶は幸いにも少年時代へ彼を呼び返した・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・少くとも、そういう実際の社会生活上の問題を云々しない事を以て、忠実なる文芸家、溌溂たる近代人の面目であるというように見せている、或いは見ている人はないか。実際上の問題を軽蔑する事を近代の虚無的傾向であるというように速了している人はないか。有・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・ 今の学堂夫人テオドラが初めて日本の父の家に帰って来たのも丁度『経世偉勲』が発行されて若い学堂の溌溂たる意気が青年の思慕の中心となった頃であった。が、日本へ帰ったばかりのテオドラ嬢は日本の民間党の領袖に母国の大政治家ジスレリーを私淑する・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・などの余り人に知られていない作品の中に、大阪弁の魅力が溌剌と生かされた例があるといえよう。大阪弁というものは語り物的に饒舌にそのねちねちした特色も発揮するが、やはり瞬間瞬間の感覚的な表現を、その人物の動きと共にとらえた方が、大阪弁らしい感覚・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・いうならば所謂坂田の将棋の性格、たとえば一生一代の負けられぬ大事な将棋の第一手に、九四歩突きなどという奇想天外の、前代未聞の、横紙破りの、個性の強い、乱暴な手を指すという天馬の如き溌剌とした、いやむしろ滅茶苦茶といってもよいくらいの坂田の態・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・虻や蜂があんなにも溌剌と飛び廻っている外気のなかへも決して飛び立とうとはせず、なぜか病人である私を模ねている。しかしなんという「生きんとする意志」であろう! 彼らは日光のなかでは交尾することを忘れない。おそらく枯死からはそう遠くない彼らが!・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・のみならず職業婦人には溌剌とした知性と、感覚的新鮮さとを持った女性がふえつつある。古き型の常套的レディは次第に取り残され、新しき機能的なレディの型が見出されつつある。青年学生の青春のパートナーとして、私が避けたいのは媚を売る女性のみである。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・他人の書物についてナハデンケンする習慣にむしばまれていない独立的な、生気溌剌とした学者や、思想家を見出すことはそう容易ではない。 これは学生時代から書物に対する態度をあまりに依属的たらしめず、自己の生と、目と、要請とを抱きつつ、書を読む・・・ 倉田百三 「学生と読書」
出典:青空文庫