・・・しかも個人主義なるものを蹂躙しなければ国家が亡びるような事を唱道するものも少なくはありません。けれどもそんな馬鹿気たはずはけっしてありようがないのです。事実私共は国家主義でもあり、世界主義でもあり、同時にまた個人主義でもあるのであります。・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・は、自分が喰い殺したる姨の菩提を弔い、一は、人間に生れたいという未来の大願を成就したい、と思うて、処々経めぐりながら終に四国へ渡った、ここには八十八個所の霊場のある処で、一個所参れば一人喰い殺した罪が亡びる、二個所参れば二人喰い殺した罪が亡・・・ 正岡子規 「犬」
・・・やがて地球が亡びるなら、今私たちが短い一生を一生懸命に暮したって何になるだろう、といった文学者が日本にもあったが、コフマンの地球の年齢について説明している話をよめば、そんな哲学めいた感想も実はたいそうきまりの悪い無知から出発していることがわ・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・古代エジプトの文化のある種のものなどはエジプトの王朝が亡びると共に亡びた。今日有名なピラミッドや、スフィンクスが、何故、あの砂漠の真中に打ちたてられたろうか? 古代のエジプトの王が、全人民を奴隷として働かし得たからこそ、あの巨大なピラミッド・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・ そして又地球が滅びてもなお此ればっかりは滅びると云う事を知らないで輝いて居るものである事を信じる。 美はどこの暗い中にでも冷っこい隅にでもあるものだ、その普通の美よりももっと尊い美がより沢山ある事を若し思わない人が多くあったとした・・・ 宮本百合子 「繊細な美の観賞と云う事について」
・・・大地の神が動き出すのだ、人間共の生意気な組立細工の滅びる時が目の前に来た。カラ 何と云う嬉しさ!――薄穢ない獏奴の食いさしを拾って来たのじゃあなかろうね。私は、もう飢えと渇きで死にそうになっていました。ヴィンダー 誰が知らせた?・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ それだのにどうして世界中の滅びる様な洪水を想像出来様。 けれ共、大きな箱舟の中に牛だの馬だの鳩だのと一緒に世界にノアがたった一人決して死なずに、今日も明日もポッカリ、ポッカリと山を越したり海だった所を渡ったりして行クと云う事が、無・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 嘉村氏は、滅びるものをして滅ばしめよという風にその姿を克明に描くが、そこに我々は氏のデスペレートな、崩壊の面のみを認識してそこから新たな力の擡頭のあることを理解しない富農の暗い憤りが文章のセッサタクマというところへまで転化して現れてい・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・王 けんか犬は世が滅びるまで絶える事なくあるものじゃ。 何――叛きたいものは勝手に逆くのがよいのじゃ。 若気の至りで家出した遊び者の若者は、じきに涙をこぼしながら故郷に立ち戻るものじゃと昔からきまって居る。 又わしはどんな・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・焼けて滅びるものなら、思想と物質とにかかわらず、滅びよ。人間は、これ程の災厄を、愚な案山子のように突立ったぎりでは通すまい。灰の中から、更に智慧を増し、経験によって鍛えられ、新たな生命を感じた活動が甦るのだ。人間のはかなさを痛感したことさえ・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫