・・・「あいつはわたくしを滅亡させたのです。わたくしの生涯を破壊したのです。あいつが最初電車から飛び下りて、わたくしを追いかけて、あの包みを渡しさえしなかったら。」「しかし誰でもあの男の場合に出合ったら、あの男と同じ行為に出でたでしょう。・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 彗星の表現はあまりにも真実性の乏しい子供だましのトリックのように思われたが、大吹雪や火山の噴煙やのいろいろな実写フィルムをさまざまに編集して、ともかくも世界滅亡のカタクリズムを表現しようと試みた努力の中にはさすがにこの作者の老巧さの片・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・そういう日が来れば我国の俳諧は滅亡するであろう。そうして同時に日本魂もことごとく消滅してしまうであろう。こんな極端な取越苦労のようなことまで考えさせられるのである。 こういうことを書いている自分が、実はまだ一度もそのチューインガムなるも・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・ 複製の技術としての絵画はとうの昔に科学の圧迫を受けて滅亡してしまった。筆触用墨の技巧はいまだ一般の鑑賞家には有難がられているであろうが、本当の芸術としての生命は既に旦夕に迫っている。そのような事は職人か手品師の飯の種になるべきものでは・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・そうして滅亡するか復興するかはただその時の偶然の運命に任せるということにする外はないという棄て鉢の哲学も可能である。 しかし、昆虫はおそらく明日に関する知識はもっていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。この・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・お絹は二人を迎えたが、母親とはまた違って、もっときゃしゃな体の持主で、感じも瀟洒だったけれど、お客にお上手なんか言えない質であることは同じで、もう母親のように大様に構えていたのでは、滅亡するよりほかはないので、いろいろ苦労した果てに細かいこ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 吉原の遊里は今年昭和甲戌の秋、公娼廃止の令の出づるを待たず、既に数年前、早く滅亡していたようなものである。その旧習とその情趣とを失えば、この古き名所はあってもないのと同じである。 江戸のむかし、吉原の曲輪がその全盛の面影を留めたの・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・またオリヂナルの方が早く自然に滅亡するか、イミテーションの方が先に滅亡するかであって、大した違いはない。片方だけを悪いとは決して言わない。両方とも各おのおの存在するには存在すべき理由があって存在しているのである。殊に教育を受ける諸君の如きも・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・けれどもその日本が今が今潰れるとか滅亡の憂目にあうとかいう国柄でない以上は、そう国家国家と騒ぎ廻る必要はないはずです。火事の起らない先に火事装束をつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈け歩くのと一般であります。必竟ずるにこういう事は実際程度問・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・啻に自身の不利のみならず、男子の醜行より生ずる直接間接の影響は、延て子孫の不幸を醸し一家滅亡の禍根にこそあれば、家の主婦たる責任ある者は、自身の為め自家の為め、飽くまでも権利を主張して配偶者の乱暴狼藉を制止せざる可らず。吾々の勧告する所なり・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫