◇ 滝田君に初めて会ったのは夏目先生のお宅だったであろう。が、生憎その時のことは何も記憶に残っていない。 滝田君の初めて僕の家へ来たのは僕の大学を出た年の秋、――僕の初めて「中央公論」へ「手巾」という・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎君」
滝田君はいつも肥っていた。のみならずいつも赤い顔をしていた。夏目先生の滝田君を金太郎と呼ばれたのも当らぬことはない。しかしあの目の細い所などは寧ろ菊慈童にそっくりだった。 僕は大学に在学中、滝田君に初対面の挨拶をしてか・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎氏」
・・・という意味のことを云って寄越されたので、その手紙を後に滝田さんに見せると、之はひどいと云って夏目先生に詰問したので、先生が滝田さんに詫びの手紙を出された話があります。当時夏目先生の面会日は木曜だったので、私達は昼遊びに行きましたが、滝田さん・・・ 芥川竜之介 「夏目先生と滝田さん」
・・・ 晩年には書のほうも熱心であった。滝田樗陰君が木曜面会日の朝からおしかけて、居催促で何枚でも書かせるのを、負けずにいくらでも書いたそうである。自分はいつでも書いてもらえるような気がしてついつい絵も書も一枚ももらわないでいたら、いつか先生・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・客間には滝田樗陰がどっかとすわって、右手で墨をすりながら、大きい字とか小さい字とか、しきりに注文を出していた。漱石はいかにも愉快そうに、言われるままに筆をふるっていた。 たぶんその関係であろうと思うが、そのころにはしきりに文人画の話が出・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫