・・・それがまた幸いと、即座に話がまとまって、表向きの仲人を拵えるが早いか、その秋の中に婚礼も滞りなくすんでしまったのです。ですから夫婦仲の好かった事は、元より云うまでもないでしょうが、殊に私が可笑しいと同時に妬ましいような気がしたのは、あれほど・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・なるほど平生おれに片意地なところはある、あるけれども今度の事は自分に無理はない、されば家じゅう悦んで、滞りなく纏まる事と思いのほか、本人の不承知、佐介も乗り気にならぬという次第で父は劫が煮えて仕方がない、知らず知らず片意地になりかけている。・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・えらい商売を始めたものやと思っているうちに、酒屋への支払いなども滞り勝ちになり、結局、やめるに若かずと、その旨柳吉に言うと、柳吉は即座に同意した。「この店譲ります」と貼出ししたまま、陰気臭くずっと店を閉めたきりだった。柳吉は浄瑠璃の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ただそのために君は筆の先をとぎ僕はハサミを使い、そのときいささかの滞りもなく、僕も人を理解したと称します。法隆寺の塔を築いた大工はかこいをとり払う日まで建立の可能性を確信できなかったそうです。それでいてこれは凡そ自信とは無関係と考えます。の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・そうしておもしろいことにはこのシーンの伴奏となりまた背景ともなる音響のほうはなんの滞りもなくすらすらと歌の言葉と旋律を運んで進行していることである。もしもこれが無声であるかあるいは歌はあってもこの律動的な画像がなかったとしたら効果は二分の一・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・パリのガール・デュ・ノールでは誰だか知らない人が書式へいい加減のことを書いてくれてそれで万事が滞りなくすんだのであった。到る処の青山に春風が吹いていた。 アメリカへ船が着く前に二等船客は囚徒のように一人一人呼び出されて先ず瞼を引っくら返・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・ 目下、H町とAとの間にこだわりのある外、生活は滞りなく運行して居ると云ってよいだろう。 Aは健康で、女子学習院、明治、慶応に教え、岩波書店から、彼の最初の著述、「ペルシア文学史考」が出版されそうになって居る。 自分は、正月の太・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・この最初の二冊を読んだ人々は一層熱心に第三巻を待っているのであろうし更に第十巻全部が滞りなく完訳されることを切望しているのであろうと思う。山内義雄氏はフランス文学のうつし手として、これまでも多くの意義ある業績を示しておられるが、この「チボー・・・ 宮本百合子 「次が待たれるおくりもの」
・・・一度出して通過しない書類は、なかなか二度目位で滞りなく通過するものではない。三度も四度も直させられる。そのうちには向うでも種々に考えて見るので、最初云った事とは多少違って来る。とうとう手が附けられなくなってしまう。それで一度で通過するのを喜・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫