・・・仁右衛門は固より明盲だったが、農場でも漁場でも鉱山でも飯を食うためにはそういう紙の端に盲判を押さなければならないという事は心得ていた。彼れは腹がけの丼の中を探り廻わしてぼろぼろの紙の塊をつかみ出した。そして筍の皮を剥ぐように幾枚もの紙を剥が・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と女房は、毎日のように顔を見る同じ漁場の馴染の奴、張ものにうつむいたまま、徒然らしい声を懸ける。 片手を懐中へ突込んで、どう、してこました買喰やら、一番蛇を呑んだ袋を懐中。微塵棒を縦にして、前歯でへし折って噛りながら、縁台の前へに・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・――浜方へ飛ばねえでよかった。――漁場へ遁げりゃ、それ、なかまへ饒舌る。加勢と来るだ。」「それだ。」「村の方へ走ったで、留守は、女子供だ。相談ぶつでもねえで、すぐ引返して、しめた事よ。お前らと、己とで、河童に劫されたでは、うつむけに・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・……お待ち下さい……この浦一円は鰯の漁場で、秋十月の半ばからは袋網というのを曳きます、大漁となると、大袈裟ではありません、海岸三里四里の間、ずッと静浦の町中まで、浜一面に鰯を乾します。畝も畑もあったものじゃありません、廂下から土間の竈まわり・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 鮮銀はさらに、カムチャッカ漁場の利権を買ってる漁業会社へ、一ルーブル十八銭――二十銭で売りつけた。 そこで、漁業会社は、普通相場の五分の一にあたる安いルーブル紙幣を借区料としてサヴエート同盟へ納めるのだった。そして、ぬくらんと懐を・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・全体漁夫という者は、自分の漁場を大切にするから、他所へ出て利益があるという場合にはドシドシ他所へ出て往って漁をする。それは是非共漁の総ての関係からして、左様いうように仕なければ漁場が荒れて仕舞うので、年のいかないものや、働きの弱い年寄などは・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・彼らの漁場はただ浜べ岸べに限られていたであろうが、船と漁具との発達は漁場を次第に沖のほうに押し広げ同時に漁獲物の種類を豊富にした。今では発動機船に冷蔵庫と無電装置を載せて陸岸から千海里近い沖までも海の幸の領域を拡張して行った。 魚貝のみ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
せんだって、駿河湾北端に近い漁場における鰺の漁獲高と伊豆付近の地震の頻度との間にある関係があるらしいということについて簡単な調査の結果を発表したことがあった。このように純粋に物質的な現象、すなわち地震のような現象と、生物的・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・「あれが漁場漁場へ寄って、魚を集めて阪神へ送るのです」桂三郎はそんな話をした。 やがて女中が高盃に菓子を盛って運んできた。私たちは長閑な海を眺めながら、絵葉書などを書いた。 するうち料理が運ばれた。「へえ、こんなところで天麩・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 作家、記者は、彼等の手帖が濡れると紫インクで書いたような字になる化学鉛筆とをもって、やっぱり集団農場を中心として新生活のはじめられつつある農村へ、漁場へ、辺土地方(中央亜細亜へ出かけた。作家の団体は有志者を募集し、メイエルホリドの若手・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
出典:青空文庫