・・・ 松山へ来てから二月余り後、左近はその甲斐があって、ある日城下に近い海岸を通りかかると、忍駕籠につき添うた二人の若党が、漁師たちを急がせて、舟を仕立てているのに遇った。やがて舟の仕度が出来たと見えて、駕籠の中の侍が外へ出た。侍はすぐに編・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
一 砂山を細く開いた、両方の裾が向いあって、あたかも二頭の恐しき獣の踞ったような、もうちっとで荒海へ出ようとする、路の傍に、崖に添うて、一軒漁師の小家がある。 崖はそもそも波というものの世を打ちはじ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・めった、人の目につかんでしゅから、山根の潮の差引きに、隠れたり、出たりして、凸凹凸凹凸凹と、累って敷く礁を削り廻しに、漁師が、天然の生簀、生船がまえにして、魚を貯えて置くでしゅが、鯛も鰈も、梅雨じけで見えんでしゅ。……掬い残りの小こい鰯子が・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・一方は、日当の背戸を横手に取って、次第疎に藁屋がある、中に半農――この潟に漁って活計とするものは、三百人を越すと聞くから、あるいは半漁師――少しばかり商いもする――藁屋草履は、ふかし芋とこの店に並べてあった――村はずれの軒を道へ出て、そそけ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・……血の気の多い漁師です、癪に触ったから、当り前よ、と若いのが言うと、(人間の食うほどは俺と言いますとな、両手で一掴みにしてべろべろと頬張りました。頬張るあとから、取っては食い、掴んでは食うほどに、あなた、だんだん腹這いにぐにゃぐにゃと首を・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・この町の人や、また付近の漁師がお宮へおまいりをするときに、この店に立ち寄って、ろうそくを買って山へ上りました。 山の上には、松の木が生えていました。その中にお宮がありました。海の方から吹いてくる風が、松のこずえに当たって、昼も、夜も、ゴ・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・この町の人や、また附近の漁師がお宮へお詣りをする時に、この店に立寄って蝋燭を買って山へ上りました。 山の上には、松の木が生えていました。その中にお宮がありました。海の方から吹いて来る風が、松の梢に当って、昼も夜もごうごうと鳴っています。・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・ やっと、海辺の町へ着いて、魚問屋や、漁師の家へいって聞いてみましたけれど、だれも、昨夜、雪の上に火を焚いていたというものを知りませんでした。そして、どこにもそんな大きなかにを売っているところはなかったのです。「不思議なことがあれば・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・オレンジの混った弱い日光がさっと船を漁師を染める。見ている自分もほーっと染まる。「そんな病弱な、サナトリウム臭い風景なんて、俺は大嫌いなんだ」「雲とともに変わって行く海の色を褒めた人もある。海の上を行き来する雲を一日眺めているの・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・ たった一軒の漁師の家がある、しかし一軒が普通の漁師の五軒ぶりもある家でわれら一組が山賊風でどさどさ入っていくとかねて通知してあったことと見え、六十ばかりのこの家の主人らしい老人が挨拶に出た。 夜が明けるまでこの家で休息することにし・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
出典:青空文庫