・・・ちょうどおひろが高脚のお膳を出して、一人で御飯を食べているところで、これでよく生命が続くと思うほど、一と嘗めほどのお菜に茄子の漬物などで、しょんぼり食べていた。店の女たちも起きだして、掃除をしていた。「独りで食べてうまいかね」「わた・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ わたくしは子供のころ、西瓜や真桑瓜のたぐいを食うことを堅く禁じられていたので、大方そのせいでもあるか、成人の後に至っても瓜の匂を好まないため、漬物にしても白瓜はたべるが、胡瓜は口にしない。西瓜は奈良漬にした鶏卵くらいの大きさのものを味・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・「おれのは漬物だよ。お前のうちじゃ蕈の漬物なんか喰べないだろうから茶いろのを持って行った方がいいやな。煮て食うんだろうから。」 私はなるほどと思いましたので少し理助を気の毒なような気もしながら茶いろのをたくさんとりました。羽織に包ま・・・ 宮沢賢治 「谷」
・・・それはなぜかと申しますと、女の方は家庭が仕事でございますので広い社会的な生活をいたしませんから、お婆さんは何十年となく漬物を漬けているから、菜葉はこれ位の塩をつけたらまず食べられるということをよく知っておりますが、若い人はもう少し科学的です・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・○家じゅうに戸棚が三尺の一間の一間ぐらいしかない。板の間に長持、その上に布団や何かごたごたつみ上げてある。さらさ 大きい嫁入紋のついた布団など。○漬物がうまくつかっていない、うまいつけものをチビチビ食べるような暮しでない。激しくて。・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・ × 洗いざらしだが、さっぱりした半股引に袖なしの××君は、色のいい茄子の漬物をドッサリ盛った小鉢へ向って筵の上へ胡坐を掻き、凝っときいている。やがて静かな、明晰な口調で、「どうだ、今夜居られるかね?」と訊いた。「僕・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・ またしばらくすると、経済逼迫のために、古橋その他の有名選手たちが夏休みのアルバイトとして、銀座辺で漬物屋の店をひらくとか、そういう店に働くとかいうニュースがでた。そのときとられた写真の中でも、古橋君たちはやっぱり、はっきりとこだわりの・・・ 宮本百合子 「ボン・ボヤージ!」
・・・「そんなら漬物で和えろ……」「でも魚スープか蒸焼を注文されたら?」「作れ。どうせ食う」 ゴーリキイには、こういう場合のスムールイの心持が通じた。スムールイを憐む感情が湧いた。ゴーリキイは自分の心にも似たような黒い、激しいもの・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・いつも漬物を切らすので、あの日には茄子と胡瓜を沢山に漬けて置けと云ったのだ。」「それじゃあ自分の内へも沢山漬けたのだろう。」「はははは。しかしとにかく難有う。奥さんにも宜しく云ってくれ給え。」 話しながら京町の入口まで来たが、石・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫