・・・ 今椅子に掛けている貨物は、潜水器械というものを身に装った人間に似ていて、頗る人間離れのした恰好の物である。怪しく動かない物である。言わば内容のない外被である。ある気味の悪い程可笑しい、異様な、頭から足まで包まれた物である。 フレン・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・――今朝も潜水夫のごときしたたかな扮装して、宿を出た銃猟家を四五人も見たものを。 遠くに、黒い島の浮いたように、脱ぎすてた外套を、葉越に、枝越に透して見つけて、「浪路さん――姉さん――」と、昔の恋に、声がくもった。――姿を見失ったその人・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 電車の内はからりとして、水に沈んだ硝子函、車掌と運転手は雨にあたかも潜水夫の風情に見えて、束の間は塵も留めず、――外の人の混雑は、鯱に追われたような中に。―― 一帆は誰よりも後れて下りた。もう一人も残らないから、女も出たには違いな・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・婦人雑誌ニ出テイタ、潜水夫タチノ座談会。ソノホカニモ水死人、サマザマノスガタデ考エテイルソウデス、白イ浴衣着タ叔父サンガ、フトコロニ石ヲ一杯イレテ、ヤハリ海ノ底、砂地ヘドッカトアグラカイテ威張ッテイタ。沈没シタ汽船ノ客室ノ、扉ヲアケタラ、五・・・ 太宰治 「創生記」
・・・すぐに電話で潜水夫を呼び寄せます。無論同時に秘密警察署へも報告をいたしまして、私立探偵事務所二箇所へ知らせましたそうで。」「なるほど。シエロック・ホルムス先生に知らせたのだね。」 門番はおれの顔を見た。その見かたは慇懃ではあるが、変・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・宿の主人は潜水業者であったが、ある日潜水から上がると身体中が痺れて動けなくなったので、それを治すためにもう一遍潜水服を着せて海へ沈めたりしたが、とうとうそれっきりになってしまった。自分等は離屋にいたのでその騒ぎを翌日まで知らなかった。その二・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・電燈でも、飛行機でも、潜水艇でもまたタンク戦車のごときものすら欧州大戦よりずっと以前に小説家によって予想されている。市井の流行風俗、生活状態のようなものはもちろん、いろいろな時代思潮のごときものでも、すぐれた作者の鋭利な直観の力で未然に洞察・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・また四月英国の閉塞隊がベルギー海岸のドイツ潜水艇の根拠地を襲撃した場合にも、味方の行動を掩蔽するために煤煙の障屏を使用しようとしたのが肝心の時に風が変って非常の違算を来たしたという事である。これらの場合に充分な気象観測の材料が備わっていて優・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・それほど彼は熱に浮かされたような、いわば潜水服の頭についているのと同じ眼をしていた。 そして、その眼は恐るべき情景を見た。 それは筆紙に表わし得ない種類のものであった。 深谷は、一週間前に溺死したセコチャンの新仏の廓内にいた!・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・「潜水艦にもかけてみましたが、これは、うっかりして、後尾へ当っちゃったものだから、浮きあがる筈のやつが、いつまでも浮かないんですよ。気の毒なことをした。でも、まア、仕様がない、国のためだから、我慢をしてもらわなきゃア。」 ちょっと栖・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫