・・・脚元近く迫る潮先も知らぬ顔で、時々頭からかぶる波のしぶきを拭おうともせぬ。 何処の浦辺からともなく波に漂うて打上がった木片板片の過去の歴史は波の彼方に葬られて、ここに果敢ない末を見せている。人の知らぬ熊さんの半生は頼みにならぬ人の心から・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・ かように文学として自主的な必然に立っていなかった農民文学のグループが、本来ならばますます描かれるべき農村状態の緊張の高まりと共に忽ち方向を転換して次の年には南洋進出の潮先に乗って海洋文学懇話会というものに変ったのは、まことに滑稽な悲惨・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・重視しているということと、一層強くなっている食糧人民管理の潮先とが、並んで一枚の紙面を埋めているのである。宮城地方では、農民が「隠匿油罐を踏み台」にして政府の主食糧強制買上に反対の気勢を上げた。農民の、分厚い肩が重なって、話をきいている写真・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・さもない部分の婦人たちにとって、そういう雑誌はむずかしすぎるという目で迎えられ、日本の婦人の社会生活の全局から見れば、その潮先ははやくつよく進み出ているが、重くひろくくらい襞々をたたんだその裾は伝統のなかに引きすえられている実状から、営利の・・・ 宮本百合子 「婦人の読書」
出典:青空文庫