・・・ 彼は牛荘の激戦の画を見ながら、半ば近所へも聞かせるように、こうお蓮へ話しかけた。が、彼女は不相変、熱心に幕へ眼をやったまま、かすかに頷いたばかりだった。それは勿論どんな画でも、幻燈が珍しい彼女にとっては、興味があったのに違いなかった。・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・それから――それからは未曾有の激戦である。硝煙は見る見る山をなし、敵の砲弾は雨のように彼等のまわりへ爆発した。しかし味かたは勇敢にじりじり敵陣へ肉薄した。もっとも敵の地雷火は凄まじい火柱をあげるが早いか、味かたの少将を粉微塵にした。が、敵軍・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 二十六時間の激戦や進軍の後、和田達は、チチハルにまで進んだ。煮え湯をあびせられた蟻のように支那兵は到るところに群をなして倒れていた。大砲や銃は遺棄され、脚を撃たれた馬はわめいていた。和田はその中にロシア兵がいるかと思って気をはりつめて・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・東郷提督の命令一下で、露国のバルチック艦隊を一挙に撃滅なさるための、大激戦の最中だったのでございます。ちょうど、そのころでございますものね。海軍記念日は、ことしも、また、そろそろやってまいります。あの海岸の城下まちにも、大砲の音が、おどろお・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
ある年、秋が深くなってからヴェルダンへ行ったときのことがこのごろ折にふれて幾度か思い出される。ヨーロッパ大戦のとき、ヴェルダンは北部フランスの激戦地の一つとして歴史にのこされた。 ヴェルダン市とその周囲の山々につづく村・・・ 宮本百合子 「金色の口」
・・・ここから三四哩先の地点にかけて最後の激戦が行われ、百七十余人の前衛労働者の血が流された。そして遂に白軍を炭坑区から追い払った勝利を記念するレールなのであった。 夜の原っぱを横切って、あっちからも、こっちからも三々五々男女の労働者がやって・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
出典:青空文庫