・・・期待して、もし彼が自重してその才能を大事に使うならば、これまでこの国の文壇に見られなかったような特異な作家として大成するだろうと、その成長を見守っていたのだが、文壇へ出て二三年たたぬうちに、はや才能の濫費をはじめた。 達者で、器用で、何・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・日常の手紙などで、あなたのもったいない情熱をこんなに濫費されて、たまるものかという気がしました。私は、自分を愛するよりも、あなたを愛しています。私は苦しくなりました。そうして、つくづく、あなたを駄目な、いいひとだと思いました。大痴という言葉・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・くれるというひとがあったら、それは、もらってもいいけれど、酒と煙草とおいしい副食物以外には、極端に倹約吝嗇の私にとって、受信機購入など、とんでも無い大乱費だったのである。それなのに、昨年の秋、私がれいに依ってよそで二、三夜飲みつづけ、夕方、・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・まったく気がるに、またも二、三円を乱費して、ふと姉を思い、荒っぽい嗚咽が、ぐしゃっと鼻にからんで来て、三十前後の新内流しをつかまえ、かれにお酒をすすめたが、かれ、客の若さに油断して、ウイスキイがいいとぜいたく言った。おや、これは、しっけい、・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・カフェに行って、お金を乱費してはいけない。酒を呑みたいなら、友人、先輩と牛鍋つつきながら悲憤慷慨せよ。それも一週間に一度以上多くやっては、いけない。侘びしさに堪えよ。三日堪えて、侘びしかったら、そいつは病気だ。冷水摩擦をはじめよ。必ず腹巻き・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・を設けるという事は、従来の多くの日には節約をしていないか、もしくは濫費をしていたという事である。同じような例を挙げると、年中怠けてばかりいる学生が、一年に一日「勉強デー」を設けるのや、あるいは平生悪い事ばかりしている男が、稀に「善行デー」を・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・世の中に何がぜいたくだと言って、このような美しく貴重な自然を勝手自在にわが物同様に使用し時には濫費してもいいという、これほどのぜいたくは少ないと思う。これに匹敵するぜいたくはおそらくただ読書ぐらいのものかもしれない。 そんな絵を見るたび・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・お絹なしには芝居見物はむしろ無意味で、怠屈で、金の濫費であった。お絹に働きかけてゆく気は、今の彼にはないといった方が確かであったけれど、お絹ほど好きな女は、どこにも見当たらなかった。もし事情が許せば、静かなこの町で隠逸な余生を楽しむ場合、陽・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・或ハ淫肆放縦ニシテ獲ル所ノモノハ直ニ濫費シテ惜シマザルモノアリ。各其ノ為人ニ従ツテ為ス所ヲ異ニス。婢ノ楼ニ在ツテ客ヲ邀フルヤ各十人ヲ以テ一隊ヲ作リ、一客来レバ隊中当番ノ一婢出デヽ之ニ接ス。女隊ニ三アリ。一ヲ紅隊ト云ヒ、二ヲ緑隊、三ヲ紫隊ト云・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・大小の軍需成金たちは、戦時利得税や、財産税をのがれるために濫費、買い漁りをしているから、インフレーションは決して緩和されない。却って、最近悪化して来ている。いくら、待遇改善しても、月給は物価に追いつく時は決してない。これがインフレーションの・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
出典:青空文庫