・・・ 火星 火星の住民の有無を問うことは我我の五感に感ずることの出来る住民の有無を問うことである。しかし生命は必ずしも我我の五感に感ずることの出来る条件を具えるとは限っていない。もし火星の住民も我我の五感を超越した存在を保っ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
『何か面白い事はないか?』『俺は昨夜火星に行って来た』『そうかえ』『真個に行って来たよ』『面白いものでもあったか?』『芝居を見たんだ』『そうか。日本なら「冥途の飛脚」だが、火星じゃ「天上の飛脚」でも演るんだろう?・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・この実在の怪物と、たとえばウェルズの描いた火星の人間などを比較しても、人間の空想の可能範囲がいかに狭小貧弱なものであるかを見せつけられるような気がする。 これを見た目で「素浪人忠弥」というのをのぞいて見た。それはただ雑然たる小刀細工や糊・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・そして近刊の天文の雑誌を調べてみるとそれが火星だという事がすぐに判った。星座図を出して来てあたってみるとそれは処女宮の一等星スピカの少し東に居るという事がわかった。それでその図の上に鉛筆で現在の位置をしるし、その脇へ日附をかいておいて、この・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・「実にしずかな晩ですねえ。」「ええ。」樺の木はそっと返事をしました。「蝎ぼしが向うを這っていますね。あの赤い大きなやつを昔は支那では火と云ったんですよ。」「火星とはちがうんでしょうか。」「火星とはちがいますよ。火星は惑星・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・星はだんだんめぐり、赤い火星ももう西ぞらに入りました。 梟の坊さんはしばらくゴホゴホ咳嗽をしていましたが、やっと心を取り直して、又講義をつづけました。「みなの衆、まず試しに、自分がみそさざいにでもなったと考えてご覧じ。な。天道さまが・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
出典:青空文庫