・・・それから、葬儀式場の外の往来で、柩車の火葬場へ行くのを見送った。 その後は、ただ、頭がぼんやりして、眠いということよりほかに、何も考えられなかった。 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・ 朝落合の火葬場から持ってきたばかしの遺骨の前で、姉夫婦、弟夫婦、私と倅――これだけの人数で、さびしい最後の通夜をした。東京には親戚といって一軒もなし、また私の知人といっても、特に父の病死を通知して悔みを受けていいというほどの関係の人は・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ 彼女がこと切れた時よりも、火葬場での時よりも、変わった土地へ来てするこんな経験の方に「失った」という思いは強く刻まれた。「たくさんの虫が、一匹の死にかけている虫の周囲に集まって、悲しんだり泣いたりしている」と友人に書いたような、彼・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・背後の村には燃えさしの家が、ぷすぷす燻り、人を焼く、あの火葬場のような悪臭が、部隊を追っかけるようにどこまでも流れ拡がってついてきた。けれども、それも、大隊長の内心の幸福を妨げなかった。「ユフカは、たしかに司令官閣下の命令通り、パルチザ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・兵士達には、林の中の火葬の記憶が一番堪えがたかった。 急ごしらえの坊主の誦経が、いかに声高く樹々の間にひびき渡ろうとも、それによって自ら望まない死者が安らかに成仏しようとは信じられるか! そのあとに、もろい白骨以外何が残るか!「まだ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・裏庭である。火葬場の煙突のような大きい煙突が立っていた。曇天である。省線のガードが見える。 給仕人に背を向けて窓のそとを眺めたまま、「コーヒーと、それから、――」言いかけて、しばらくだまっていた。くるっと給仕人のほうへ向き直り、「ま・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 遺骸は町屋の火葬場で火葬に付して、その翌朝T老教授とN教授と自分と三人で納骨に行った。炉から引き出された灰の中からはかない遺骨をてんでに拾いあつめては純白の陶器の壺に移した。並みはずれに大きな頭蓋骨の中にはまだ燃え切らない脳髄が漆黒な・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ ある宗派の修道者が、人から、何故死体を火葬にするかという理由を聞かれた時にこう答えた。死骸をそのままにしておけば蛆がわく。然るに蛆が食うだけ食ってしまっておしまいにその食物が尽きるとそれらの蛆がみんな死んでしまわなければならない。これ・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・ 土葬はいかにも窮屈であるが、それでは火葬はどうかというと火葬は面白くない。火葬にも種類があるが、煉瓦の煙突の立っておる此頃の火葬場という者は棺を入れる所に仕切りがあって其仕切りの中へ一つ宛棺を入れて夜になると皆を一緒に蒸焼きにしてしま・・・ 正岡子規 「死後」
・・・「火葬場の下」 榎南謙一 特殊部落に恐るべき悪臭をふきつける火葬場移転要求をして、二年も闘っているところへ指導に行った若い全会の闘士と、それを支持する少年等、やがてその村をおそった嵐について書かれ、実感のこもった、描写もある。しか・・・ 宮本百合子 「小説の選を終えて」
出典:青空文庫