・・・軽い夕飯を食っているのはグリーン色の縞のスカートに膝出したハイランダアである。炉辺にかけて、右手でパン切をかじり、片手の壺は牛乳か麦酒か。炉の前にフイゴが放り出されていて、床は不規則なごろた石をうずめてある。一つ一つ色ちがいなその石の面を飛・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・「常盤樹」に来て、非常に直線的な格調をもちはじめた。用語も、和文脈から漢詩の様式を思い浮ばせる形式に推移して来る。「常盤樹」にしろさらに「鼠をあわれむ」「炉辺雑興」「労働雑詠」等に到って、この詩人が、小諸の農村生活の日常に結びつくことで、こ・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・ 黙り返っているお石は、折々不意にはっきり独言しながら、ゴロンと炉辺に臥ころがったりした。 禰宜様宮田も、もう土地も何にも入用なかった。ただどうかして、今のいやな心持から一刻も早く逃れたいばかりなのである。 ほんとにお石の云う通・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 東京の習慣だと客に行って出された菓子をあるだけ喰べる事はしないので、始めのうち炉端へ座り込んで自分で茶をつぎ、よっぽど沢山ででもなければ残さず出したものを喰べる無邪気っぽいお客連を見ると変な気持がした。 お繁婆さんは木皿へ盛って出・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・台所の炉辺で、或は家じゅうを荒れている気違い騒ぎから逃げ込んだ屋根裏の祖母さんの小部屋の箱の上で、ゴーリキイが話して貰ったロシアの沢山の伝説、聖者物語、又祖母さんの見て来た様々な生活の物語は、窒息するような生活にはさまれているゴーリキイの心・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・祖父の留守の夜の台所の炉辺の団欒で、或は家じゅうを巻きこむ狂気騒ぎから逃げ込んで屋根裏の祖母さんの部屋の箱の上で、ゴーリキイが話して貰った古代ロシアの沢山の伝説、盗賊や巡礼の物語は、息づまる生活の裡からゴーリキイの心に広い世の中の様々な出来・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
出典:青空文庫