・・・もしそれでも得られるとすれば、炎天に炭火を擁したり、大寒に団扇を揮ったりする痩せ我慢の幸福ばかりである。 小児 軍人は小児に近いものである。英雄らしい身振を喜んだり、所謂光栄を好んだりするのは今更此処に云う必要はない。機・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
一 年紀は少いのに、よっぽど好きだと見えて、さもおいしそうに煙草を喫みつつ、……しかし烈しい暑さに弱って、身も疲れた様子で、炎天の並木の下に憩んでいる学生がある。 まだ二十歳そこらであろう、久留米絣・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 高台の職人の屈竟なのが、二人ずれ、翌日、水の引際を、炎天の下に、大川添を見物して、流の末一里有余、海へ出て、暑さに泳いだ豪傑がある。 荒海の磯端で、肩を合わせて一息した時、息苦しいほど蒸暑いのに、颯と風の通る音がして、思わず脊・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・……夜になって、炎天の鼠のような、目も口も開かない、どろどろで帰って来た、三人のさくらの半間さを、ちゃら金が、いや怒るの怒らないの。……儲けるどころか、対手方に大分の借が出来た、さあどうする。……で、損料……立処に損料を引剥ぐ。中にも落第の・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・「いかな日にも、はあ、真夏の炎天にも、この森で一度雨の降らぬ事はねえのでの。」清水の雫かつ迫り、藍縞の袷の袖も、森林の陰に墨染して、襟はおのずから寒かった。――「加州家の御先祖が、今の武生の城にござらしった時から、斧入れずでの。どういうもの・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・ 椿の葉を払っても、飛石の上を掻分けても、物干に雪の溶けかかった処へ餌を見せても影を見せない。炎天、日盛の電車道には、焦げるような砂を浴びて、蟷螂の斧と言った強いのが普通だのに、これはどうしたものであろう。……はじめ、ここへ引越したてに・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・谷川の水、流れとともに大海に注がないで、横にそれて別に一小沢を造り、ここに淀み、ここに腐り、炎天にはその泥沸き、寒天にはその水氷り、そしてついには涸れゆくをまつがごときである。しかしかれと対座してその眼を見、その言葉をきくと、この例でもなお・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・一生村にくすぶって、毎年同じように麦を苅ったり、炎天の下で田の草を取ったりするのは楽なことではなかった。谷間の地は痩せて、一倍の苦労をしながら、収穫はどればもなかった。村民は老いて墓穴に入るまで、がつ/\鍬を手にして働かねばならなかった。そ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・お坊さんご成人と云いたいように裾短で裄短で汚れ腐ったのを素肌に着て、何だか正体の知れぬ丸木の、杖には長く天秤棒には短いのへ、五合樽の空虚と見えるのを、樹の皮を縄代りにして縛しつけて、それを担いで、夏の炎天ではないからよいようなものの跣足に被・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ お君は背中の子供をゆすり上げ上げ、炎天の下を走った。 小林多喜二 「父帰る」
出典:青空文庫