・・・しかし自分の経験によると、暴風の夜にかすかな空明りに照らされた木立を見ていると烈風のかたまりが吹きつける瞬間に樹の葉がことごとく裏返って白っぽく見えるので、その辺が一体に明るくなるような気のすることがある。そんな現象があるいは光り物と誤認さ・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・しかしいずれにしても、今度のような烈風の可能性を知らなかったあるいは忘れていたことがすべての災厄の根本原因である事には疑いない。そうしてまた、工事に関係する技術者がわが国特有の気象に関する深い知識を欠き、通り一ぺんの西洋直伝の風圧計算のみを・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・そのために東北地方から北海道南部は一般に南西がかった雪交じりの烈風が吹きつのり、函館では南々西秒速十余メートルの烈風が報ぜられている。この時に当たってである、実に函館全市を焼き払うためにおよそ考え得らるべき最適当の地点と思われる最風上の谷地・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・曇った日には、私がよろこんで仕事をしている恰好を御想像下さい。この家はそんなに日が当るのです。天気がいいと私の眼がつかれる位。いねちゃんのところもそうです。先の家の近所へ越して。曇。烈風、障子の鳴る音にまじり凧のうなりの響がする。二階のゆれ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・なかなか烈風吹きすさぶ新春です何卒御自愛下さい。宮本百合子 一九四三年九月八日〔大森区新井宿一ノ二三四五 高根包子宛 本郷区林町二一より〕 先日は山からのおたよりありがたく頂きました。お忙しくてもいつも御元気で本当に何よ・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・前夜の烈風はやんで、しとしとと落付いた雨が降っている。人々は、その雨の嬉しさにすっかり昨日の地震のことなどは忘れた。彼等は楽しそうに納屋から蓑をとり出した。そして、露のたまった稲の葉を戦がせながら、田圃の水廻りに出かける。夕方になると、その・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・彼の苦しみの声を聞いたのは、時おりに吹く烈風の際であった。彼の苦しそうな顔を見たのは、湿りのない炎熱の日が一月以上も続いた後であった。しかしその叫び声やしおれた顔も、その機会さえ過ぎれば、すぐに元の快活に帰って苦しみの痕をめったにあとへ残さ・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫