・・・弟を深田へ縁づけたということをたいへん見栄に思ってた嫂は、省作の無分別をひたすら口惜しがっている。「省作、お前あの家にいないということがあるもんか」 何べん繰り返したかしれない。頃は旧暦の二月、田舎では年中最も手すきな時だ。問題に趣・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
一 それは私がまだ二十前の時であった。若気の無分別から気まぐれに家を飛びだして、旅から旅へと当もなく放浪したことがある。秋ももう深けて、木葉もメッキリ黄ばんだ十月の末、二日路の山越えをして、そこの国外れの海に臨んだ古い港町に入っ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 人間をとんぼに比較するのはあまりに無分別かもしれない。しかし、ある時代のある国民の思想の動向をある方向に引き向ける第一第二の因子が何かしら存在している、それを観察し認識する能力が現在のわれわれには欠けているのではないかという気がする。・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ あんまり空想的な事だとは思うけれ共、両親の苦しめられると思う心がつのって小作の十八九の無分別な児が、鎌を持って待ちぶせたと云う事を聞いた事を思い出すと、何だかそんな気になるのである。 他人の身ばかりではなく自分自身にも、甚助の児が・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・そして、この如何にもおとなしく、見るも気の毒な程素直な灰色の人々が、突然「その従順の殼を突き破って、むごたらしい、無分別な、そして大抵は不愉快極まる乱暴を爆発させるのを見るのは、実に意外であり」ゴーリキイの心に不可解な人生の姿の怖ろしさを覚・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫