・・・吉弥の話したことによると、青木は、かれ自身が、「無学な上に年を取っているから、若いものに馬鹿にされたり、また、自分が一生懸命になっている女にまでも謀叛されたりするのだ」と、男泣きに泣いたそうだ。 ある時などかれは、思いものの心を試め・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そうしてかくも有名なる本は何であるかというと無学者の書いた本であります。それでもしわれわれにジョン・バンヤンの精神がありますならば、すなわちわれわれが他人から聞いたつまらない説を伝えるのでなく、自分の拵った神学説を伝えるでなくして、私はこう・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 坂田は無学文盲、棋譜も読めず、封じ手の字も書けず、師匠もなく、我流の一流をあみ出して、型に捉えられぬ関西将棋の中でも最も型破りの「坂田将棋」は天衣無縫の棋風として一世を風靡し、一時は大阪名人と自称したが、晩年は不遇であった。いや、無学・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・のみならず、いかに門前の俥夫だったとはいえ、殆んど無学文盲の丹造の独力では、記事の体裁も成りがたくて、広告もとれず、たちまち経営難に陥った。そこを助けたのが、丹造今日の大を成すに与って力のあった古座谷某である。古座谷はかつて最高学府に学び、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・敗将語らずと言うが、その敗将が語ったのがこの語であった。無学文盲で将棋のほかには全くの阿呆かと思われる坂田が、ボソボソと不景気な声で子供の泣き声が好きだという変梃な芸談を語ったのである。なにか痛ましい気持がするではないか。悲劇の人をここに見・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・膝ッ節も肘もムキ出しになっている絆纏みたようなものを着て、極小さな笠を冠って、やや仰いでいる様子は何ともいえない無邪気なもので、寒山か拾得の叔父さんにでも当る者に無学文盲のこの男があったのではあるまいかと思われた。オーイッと呼わって船頭さん・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ことに可笑しいのは、全く無学文盲の徒に限って、この世の学問にあこがれ、「あの、鴎外先生のおっしゃいますることには、」などと、おちょぼ口して、いつ鴎外から弟子のゆるしを得たのか、先生、先生を連発し、「勉強いたして居ります。」と殊勝らしく、眼を・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・あの人が、たとえ微弱にでも、あの無学の百姓女に、特別の感情を動かしたということは、やっぱり間違いありません。私の眼には狂いが無い筈だ。たしかにそうだ。ああ、我慢ならない。堪忍ならない。私は、あの人も、こんな体たらくでは、もはや駄目だと思いま・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・私は無学な作家です。二十年間、恥ずかしい痩せた小説を、やっと三十篇ばかり発表しました。二十年間、あなたはその間に、立派な全集を、三種類もお出しなさって、私のほうは明治大正の文学史どころか、昭和の文壇の片隅に現われかけては消え、また現われかけ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ば、キウリ不着の趣き御手数ながら御地停車場を御調べ申し御返事願上候、以上は奥様へ御申伝え下されたく、以下、二三言、私、明けて二十八年間、十六歳の秋より四十四歳の現在まで、津島家出入りの貧しき商人、全く無学の者に候が、御無礼せんえつ、わきまえ・・・ 太宰治 「帰去来」
出典:青空文庫