・・・自分の外に六名の委員が居ても多くは有名無実で、本気で世話を焼くものは自分の外に升屋の老人ばかり。予算から寄附金のことまで自分が先に立って苦労する。敷地の買上、その代価の交渉、受負師との掛引、割当てた寄附金の取立、現金の始末まで自分に為せられ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・私などは、無実の罪で法廷に立たせられても、その罪に数十倍するくらいの、極刑に価いするくらいの罪状を、検事にせつかれて、止むなく告白するかも知れない。もとより無形の犯罪であるが、そのときの私の陳述が、あまりにも微に入り細をうがって、いかにも真・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・とは、知らん顔、御承知でしょうが、ここの御不浄は、裏の菓物屋さんと共同のものなんですから、菓物屋さんは怒り、下のおかみさんに抗議して、犯人はてっきり僕たち、酔っぱらいには困る、という事になり、僕たちが無実の罪を着せられたというにがにがしい経・・・ 太宰治 「眉山」
・・・おなじような論理の錯誤から実際の刑事事件について無実の罪が成立する恐れが万一ありはしないか。そんなことを考えさせられるのであった。 近ごろ、某大官が、十年前に、六百年昔の逆賊を弁護したことがあったために、現職を辞するのやむなきに立ち至っ・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・別の切符を出すのはつまり自分の無実の罪を承認する事になるような気がしたので、私はそのまま黙って車を下りてしまった。車掌は踏台から乗り出すようにして、ちょっと首をかしげて右の手でものを捧げるような手つきをしながら「もう一枚頂きましょう」と云っ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ それは、アメリカの映画で、女が無実の罪で監獄に入れられ、愛する男と金網越しに会わされる。ぴったりと女が自分の掌を金網にあて、男も自分の手のひらをそこへ合わせ、互いに求める心とあたたかみとをつたえ合おうとする情景であった。私には見ていら・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・なぜなら、主人公である少年が自分で溝にはまって着物をたいへんよごしたとき、それを母親がひどく叱ると、花村という少年が自分を溝へつきおとして、着物が汚れたと嘘をつき、花村に無実のつみをきせます。すると、花村の家に母親がどなりこんで、かえって花・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・ところが八月一日無実の罪によって逮捕され、八月二十八日起訴されたのであります。すなわち、真実を愛し正義を愛し、それの味方でありそうして保証者であり、これを助長しなければならない検察当局が真実を愛し正義を愛するものを起訴する。このような不当な・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・トルストイが、あのように力をこめて、無実の罪を主張して泣き叫ぶカチューシャにシベリア流刑を宣告する裁判官の、無情な非人間さを描破したのは、なぜだったろう。法律は、権力者によって自分に都合のいいように使われるが、真実の罪は、罪ありとしてさばか・・・ 宮本百合子 「動物愛護デー」
出典:青空文庫