・・・うな性急な結論乃至告白を口にし、筆にしながら、一方に於て自分の生活を改善するところの何等かの努力を営み――仮令ば、頽廃的という事を口に讃美しながら、自分の脳神経の不健康を患うて鼻の療治をし、夫婦関係が無意義であると言いながら家庭の事情を緩和・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・もし其の暇と余裕があるならば、各作家の作品を新に読み返すことは真の文芸史を書く上から無意義であるまい。 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・読書は無意義ではない。啓示を指さす指である。解脱への通路である。書を読んで終に書を離れるのが知識階級の真理探究の順路である。 現代青年学生は盛んに、しかしながら賢明に書を読まねばならぬ。しかしながら最後には、人間教養の仕上げとしての人間・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 親爺は、もう、親爺としての一生は、失敗であり、無意義であり、朴訥と、遅鈍と、阿呆の歴史であった、と感じたのに違いない。彼の一代の総勘定はすんでしまった。そして残ったものは零である。 彼は、死んだ。その一生のつとめを終ってしまった樹・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・第一、ぼくが全く無意義な存在であること、例え、マルクスが商事会社――ブローカー――広告業――外交販売員が社会にとって有害であると説かぬにしろ、ぼくは自分の商売が憎らしいのに決っています。曾つて、主任から、個性を殺せと説教されました。そうして・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・この点で存外ロシア、ドイツのえらい理論家たちがかえってアメリカへんの「純無意義映画」から新しい「火」をもらってくる必要がありはしないかという気がする。 二「モロッコ」という発声映画を見た。まず一匹の驢馬が出現・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・こういう自然の中に生まれた国民のまねを日本人がしようとするのはほんとうに無意義なことである。 この映画は文部省あたりの思想善導映画として使われうる可能性をもっている。これは皮肉ではない。 六 バンジャ 映画「・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・この世に全く新しき何物も存在せぬという古人の言葉は科学に対しても必ずしも無意義ではない。科学上の新知識、新事実、新学説といえども突然天外から落下するようなものではない。よくよく詮議すればどこかにその因って来るべき因縁系統がある。例えば現代の・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・こういう、ほとんど無意義に近い漠然とした疑問に対して、何かしら答えなければならないとしたら、自分はそこにまず上記の微分方程式のことを思い出させるのも一つの道ではないかと思うのである。 まず、最も簡単な例を取って気温と人間の感覚との関係を・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・しかし厳密な意味の完全が不可能事である事を痛切にリアライズし得た不幸なる学者は相対的完全以上の完全を期図する事の不可能で無意義な事を知っていると同時に、自分の仕事の「完全の程度」に対してやや判然たる自覚を持つ事が可能である。私の見るところで・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
出典:青空文庫