・・・そして無意識に唇を動かして、何か渋いものを味わったように頬をすぼめた。しかしこの場を立ち上がって、あの倒れている女学生の所へ行って見るとか、それを介抱して遣るとかいう事は、どうしてもして遣りたくない。女房はこの出来事に体を縛り付けられて、手・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 彼女は、無意識のうちに、「私の生まれた、北国では、とても星の光が強く、青く見えてよ。」といった、若い上野先生の言葉が記憶に残っていて、そして、いつのまにか、その好きだった先生のことを思い出していたのであります。 すでに、彼女は、い・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・そして、地下にある人の思想と、趣味とを考慮してか、それとも無意識的にか、其処に建設された墓石と、葬られた人とを想い併せて、不自然に考えることもあれば、また、苦笑を禁じ得ざることもあるのである。 ラスキンは言ったのである。死者は、よろしく・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・東京の評家というのは量見がせまいことになるが、東京の感情と大阪の感情の対立が、あの作品を中心として、無意識に争われなかったとは云い切れぬと思う。東京と大阪の感情は、永遠に氷炭相容れざるものと思う。だから、東京中心の今日の文学感情が、織田氏に・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・坂田は足跡もないひっそりした細い雪の道を折れて行った。足の先が濡れて、ひりひりと痛んだ。坂田は無意識に名刺を千切った。五町行き、ゆで玉子屋の二階が見えた。陰気くさく雨戸がしまっていたが、隙間から明りが洩れて、屋根の雪を照らしていた。まだ眼を・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・それがはじめは無意識にだったのですが、あるいは人影になにかの効果を及ぼすかもしれないと思うようになり、それは意識的になりました。私ははじめシューベルトの「海辺にて」を吹きました。ご存じでしょうが、それはハイネの詩に作曲したもので、私の好きな・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・を求めんとする無意識模索である。それは正統派の恋愛論の核心をなすところの、あの「二つのもの一つとならんとする」願望のあらわれである。ペーガン的恋愛論者がいかに嘲っても、これが恋愛の公道であり、誓いも、誠も、涙も皆ここから出てくるのだ。二人の・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・この選択が無意識的になされるところに恋愛という本能のはたらきがあるのだ。しかしそれだからといって恋愛を母となるための手段と見るのはたりない。花は実を結ぶ手段ではあるが、実は花を咲かすための手段ともとれる。恋愛はやはり人生の開花であると見るべ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・戦闘の気分と、その間の殺気立った空気とは、兵卒を酔わして半ば無意識状態にさせる。そこで、彼等は人を殺すことが平気になり、平素持っていそうもない力が出てくる。 ある時、三人の兵卒が、一つの停車場を占領したことがある。向うは百人ばかり押しよ・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・その別に取立てて云うほどの何があるでも無い眼を見て、初めて夫がホントに帰って来たような気がし、そしてまた自分がこの人の家内であり、半身であると無意識的に感じると同時に、吾が身が夫の身のまわりに附いてまわって夫を扱い、衣類を着換えさせてやった・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
出典:青空文庫