・・・無為無能なる閣下の警察の下に、この上どうして安んじている事が出来ましょう。 閣下、私は一昨日、学校も辞職しました。今後の私は、全力を挙げて、超自然的現象の研究に従事するつもりでございます。閣下は恐らく、一般世人と同様、私のこの計画を冷笑・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・もし株主の側から出た噂ならだが、営業者間の評判だとすると、父は自分の役目に対して無能力者だと裏書きされているのと同様になる。彼はこれらの関係を知り抜くことには格別の興味をもっていたわけではなかったけれども、偶然にも今日は眼のあたりそれを知る・・・ 有島武郎 「親子」
・・・知っていながら哲学や芸術に没頭しているとすれば、彼らは現代から取り残された、過去に属する無能者である。彼らがもし『自分たちは何事もできないから哲学や芸術をいじくっている。どうかそっと邪魔にならない所に自分たちをいさしてくれ』というのなら、そ・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・寧ろ文人としては社会から無能者扱いを受けるのを当然の事として、残念とも思わず、憤慨するものも無かった。 今より十七八年前、誰やらが『我は小説家たるを栄とす』と放言した時、頻りに其の意気の壮んなるに感嘆されたが、此の放言が壮語として聞かれ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・敗戦、戦災、失業、道義心の頽廃、軍閥の横暴、政治の無能。すべて当然のことであり、誰が考えても食糧の三合配給が先決問題であるという結論に達する。三歳の童子もよくこれを知っているといいたいところである。円い玉子はこのように切るべきだと、地球が円・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・「しかし笹川もこうしたしっぺ返しというもので、それがどんな無能な人間であったとしても、そのために亡びるだろうというような考え方は、僕は笹川のために取らない」と、私は笹川への憤慨を土井に言わずにはいられなかった。「しかしまあそう憤慨したと・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・そして自分の無能と不心得から、無惨にも離散になっている妻子供をまとめて、謙遜な気持で継母の畠仕事の手伝いをして働こう。そして最も素朴な真実な芸術を作ろう……」などと、それからそれと楽しい空想に追われて、数日来の激しい疲労にもかかわらず、彼は・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・父は家事には全然、無能である。蒲団さえ自分で上げない。そうして、ただもう馬鹿げた冗談ばかり言っている。配給だの、登録だの、そんな事は何も知らない。全然、宿屋住いでもしているような形。来客。饗応。仕事部屋にお弁当を持って出かけて、それっきり一・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・私がもし居らなかったらあの人は、もう、とうの昔、あの無能でとんまの弟子たちと、どこかの野原でのたれ死していたに違いない。「狐には穴あり、鳥には塒、されども人の子には枕するところ無し」それ、それ、それだ。ちゃんと白状していやがるのだ。ペテロに・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・私は赤面して、無能者の如く、ぼんやり立ったままである。一片の愛国の詩も書けぬ。なんにも書けぬ。ある日、思いを込めて吐いた言葉は、なんたるぶざま、「死のう! バンザイ。」ただ死んでみせるより他に、忠誠の方法を知らぬ私は、やはり田舎くさい馬鹿で・・・ 太宰治 「鴎」
出典:青空文庫