・・・とて、無色無形の実体にて、間に髪を入れず、天地いつくにも充満して在ませども、別して威光を顕し善人に楽を与え玉わんために「はらいそ」とて極楽世界を諸天の上に作り玉う。その始人間よりも前に、安助とて無量無数の天人を造り、いまだ尊体を顕し玉わず。・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ サントリイウイスキイ。無色透明なるサントリイウイスキイ。一升百五十円。 冗談じゃない。 いや、そこが面白いところさ。僕だって知ってるよ、これは薬用アルコールに水を割っただけのものさ。しかしだね、僕にこれをサントリイウイスキイだ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・映画のほかに余興とあってまね事のような化学的の手品、すなわち無色の液体を交ぜると赤くなったり黄色くなったりするのを懇意な医者に準備してもらった。それはまずいいとしても、明治十年ごろに姉が東京の桜井学校で教わった英語の唱歌と称するものを合唱し・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・の薬品を調合してくれたりした。無色の液体を二種混合するとたちまち赤や黄に変り、次に第三の液を加えるとまた無色になると云ったようなのを幾種類か用意してもらって、近所の友達を集めては得意になって化学的デモンストラチオンをやって見せたのであった。・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・「黒、褐、黄、灰、白、無色。それからこれらの混合です。」 大博士はわらいました。「無色のけむりはたいへんいい。形について言いたまえ。」「無風で煙が相当あれば、たての棒にもなりますが、さきはだんだんひろがります。雲の非常に低い・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・もしその種類を申しますならば、黒、白、青、無色です。」「うん。無色の煙に気がついた所は、実にどうも偉い。そんなら形はどうであるか。」「風のない時はたての棒、風の強い時は横の棒、その他はみみずなどの形。あまり煙の少ない時はコルク抜きの・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ちょうど無色透明で歪みのない窓ガラスが外の景色を最も鮮やかに見せてくれるように、表現の透明さは作者の現わそうとするものを最も鮮明に見せてくれる。また透明であればあるほどそこにガラスのあることが気づかれないと同様に、透明な表現もその表現の苦心・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
・・・文章の極致は、透明無色なガラスのように、その有を感ぜしめないことである。我々はそれに媒介せられながらその媒介を忘れて直接に表現せられたものを見ることができる。著者の文章は、なお時々夾雑物を感じさせるとはいえ、著しくこの理想に近づいて来たよう・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫