・・・ずいぶん永いこと眠り、やがて熟し切った無花果が自然にぽたりと枝から離れて落ちるように、眠り足りてぽっかり眼を醒ましましたが、枕もとには、正装し、すっかり元気を恢復した王子が笑って立って居りました。ラプンツェルは、ひどく恥ずかしく思いました。・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・デセールの干し葡萄や干し無花果やみかんなどを、本場だからたくさん食えと言ってハース氏がすすめた。「エンリョはいりません」など取っておきの日本語を出したりした。 夜久しぶりで動かない陸上の寝室で寝ようとすると、窓の外の例の中庭の底のほうか・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・左には無花果がまだ裸で居る。その向うには牛小屋があるらしい。 遂に決断して亀戸天神へ行く事にきめた。秀真格堂の二人は歩行いて往た。突きあたって左へ折れると平岡工場がある。こちらの草原にはげんげんが美しゅう咲いて居る。片隅の竹囲いの中には・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・或る子は前掛けの衣嚢から干した無花果を出して遣ろうといたしました。 童子は初めからお了いまでにこにこ笑っておられました。須利耶さまもお笑いになりみんなを赦して童子を連れて其処をはなれなさいました。 そして浅黄の瑪瑙の、しずかな夕もや・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ 子供にお噺だと云う感じを一寸も持たせなかった程、真面目に深重な様子であったので、私は彼の言葉のままに世界を作り無花果を食べ、大きな石を積み上げ様とする人民になりすまして居た。 そして、まるで心をその事々に奪われた様になって、枕をか・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫