・・・ 家人に聞いてみると、せんだって四つ目垣の朽ちたのを取り換えたとき、植木屋だか、その助手だかが無造作に根こそぎ引きむしってしまったらしい。 植物を扱う商売でありながら植物をかわいがらない植木屋もあると見える。これではまるで土方か牛殺・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・引摺り上げる時風呂敷の間から、その結目を解くにも及ばず、書物が五、六冊畳の上へくずれ出したので、わたしは無造作に、「君、拾円貸したまえ。」 番頭は例の如くわれわれをあくまで仕様のない坊ちゃんだというように、にやにや笑いながら、「駄目・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・と例の髯が無造作に答える。「どうして?」「わしのはこうじゃ」と語り出そうとする時、蚊遣火が消えて、暗きに潜めるがつと出でて頸筋にあたりをちくと刺す。「灰が湿っているのか知らん」と女が蚊遣筒を引き寄せて蓋をとると、赤い絹糸で括りつけた蚊遣・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・千筋の縮みの襯衣を着た上に、玉子色の薄い背広を一枚無造作にひっかけただけである。始めから儀式ばらぬようにとの注意ではあったが、あまり失礼に当ってはと思って、余は白い襯衣と白い襟と紺の着物を着ていた。君が正装をしているのに私はこんな服でと先生・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・今聞く唸り声はそんなに簡単な無造作の者ではない。声の幅に絶えざる変化があって、曲りが見えて、丸みを帯びている。蝋燭の灯の細きより始まって次第に福やかに広がってまた油の尽きた灯心の花と漸次に消えて行く。どこで吠えるか分らぬ。百里の遠きほかから・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・「よくああ無造作に鑿を使って、思うような眉や鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言のように言った。するとさっきの若い男が、「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・然るに無造作に因襲的論理の立場から出立する人は、因襲的立場以上のものは、すべて神秘的などと考えている。 カント以後、主観的自己の立場を否定して、純なる論理的立場に立った人は、ヘーゲルである。フィヒテが「自己が自己である」Ich-Ich ・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・斯く無造作に書並べて教うれば訳けもなきようなれども、是れが人間の天性に於て出来ることか出来ぬことか、人間普通の常識常情に於て行われることか行われぬことか、篤と勘考す可き所なり。実際に出来ぬことを勧め、行われぬことを強うるは、元々無理なる注文・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・嬉しさよといわねば感情を現わす能わざる時にのみ用いたる蕪村の句は、もとよりこの語を無造作に置きたるにあらず。さらに驚くべきは蕪村が一句の結尾に「に」という手爾葉を用いたることなり。例えば帰る雁田毎の月の曇る夜に菜の花や月は東に日・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 女は傘を無造作にソファの上に投げて、さも疲れたようにソファへ腰を落して、卓に両肘をついて、だまって渡辺の顔を見ている。渡辺は卓のそばへ椅子を引き寄せてすわった。しばらくして女がいった。「たいそう寂しいうちね」「普請中なのだ。さ・・・ 森鴎外 「普請中」
出典:青空文庫