・・・もっとも一概に完全と云いましても、意味の取り方で、いろいろになりますけれども、ここに云うのは仏語などで使う純一無雑まず混り気のないところと見たら差支ないでしょう。例えば鉱のように種々な異分子を含んだ自然物でなくって純金と云ったように精錬した・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・かくのごとく自己の意識と作家の意識が離れたり合ったりする間は、読書でも観画でも、純一無雑と云う境遇に達する事はできません。これを俗に邪魔が這入るとも、油を売るとも、散漫になるとも云います。人によると、生涯に一度も無我の境界に点頭し、恍惚の域・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・とシワルドは渋色の髭を無雑作に掻いて、若き人を慰める為か話頭を転ずる。「海一つ向へ渡ると日の目が多い、暖かじゃ。それに酒が甘くて金が落ちている。土一升に金一升……うそじゃ無い、本間の話じゃ。手を振るのは聞きとも無いと云うのか。もう落付い・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫