・・・とかいう種類のものにすればいちばん無難ではあるが、それもなんだかあまり卑怯なような気がする。いろいろ考えているとき座右の楽譜の巻頭にあるサン・サーンの Rondo Capriccioso という文字が目についた。こういう題もいいかと思う。し・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 諏訪湖畔でも山麓に並んだ昔からの村落らしい部分は全く無難のように見えるのに、水辺に近い近代的造営物にはずいぶんひどく損じているのがあった。 可笑しいことには、古来の屋根の一型式に従ってこけら葺の上に石ころを並べたのは案外平気でいる・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・坂を無難に通り抜けて、この四通八達の中央へと乗り出す、向うに鉄道馬車が一台こちらを向いて休んでいる、その右側に非常に大なる荷車が向うむきに休んでいる、その間約四尺ばかり、余はこの四尺の間をすり抜けるべく車を走らしたのである、余が車の前輪が馬・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ 作物の現状と文士の窮状とは既に上説の如くであって、ここに保護のために使用すべき金が若干でもあるとすれば、それを分配すべき比較的無難な方法はただ一つあるだけである。余は毎月刊行の雑誌に掲載される凡ての小説とはいわないつもりであるが、その・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・二人の槍の穂先が撓って馬と馬の鼻頭が合うとき、鞍壺にたまらず落ちたが最後無難にこの関を踰ゆる事は出来ぬ。鎧、甲、馬諸共に召し上げらるる。路を扼する侍は武士の名を藉る山賊の様なものである。期限は三十日、傍の木立に吾旗を翻えし、喇叭を吹いて人や・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・「そりゃあ独身生活というものは、大抵の人間には無難にし遂げにくいには違ない。僕の同期生に宮沢という男がいた。その男の卒業して直ぐの任地が新発田だったのだ。御承知のような土地柄だろう。裁判所の近処に、小さい借屋をして、下女を一人使っていた・・・ 森鴎外 「独身」
・・・した風情であったが、またその下からすぐに溜息が出た,「匕首、この匕首……さきにも母上が仰せられたごとくあの刀禰の記念じゃが……さてもこれを見ればいとどなお……そも刀禰たちは鎌倉まで行き着かれたか、無難に。太う武芸に長けておじゃるから思い・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫