・・・――人の好さそうな内弟子は、無頓着にこう返事をした。 それ以来喜三郎は薬を貰いに行く度に、さりげなく兵衛の容子を探った。ところがだんだん聞き出して見ると、兵衛はちょうど平太郎の命日頃から、甚太夫と同じ痢病のために、苦しんでいると云う事が・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・が、藤井は無頓着に、時々和田へ目をやっては、得々と話を続けて行った。「和田の乗ったのは白い木馬、僕の乗ったのは赤い木馬なんだが、楽隊と一しょにまわり出された時には、どうなる事かと思ったね。尻は躍るし、目はまわるし、振り落されないだけが見・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・が、譚はテエブル越しにちょっと僕の顔を見たぎり、無頓着に筆を揮ったらしかった。 そこへ濶達にはいって来たのは細い金縁の眼鏡をかけた、血色の好い円顔の芸者だった。彼女は白い夏衣裳にダイアモンドを幾つも輝かせていた。のみならずテニスか水泳か・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・……それにお前は、俺しのしつけが悪かったとでもいうのか、生まれつきなのか、お前の今言った理想屋で、てんで俗世間のことには無頓着だからな。たとえばお前が世過ぎのできるだけの仕事にありついたとしても、弟や妹たちにどんなやくざ者ができるか、不仕合・・・ 有島武郎 「親子」
・・・良人の顔付きには気も着かないほど眼を落した妻は口をだらりと開けたまま一切無頓着でただ馬の跡について歩いた。 K市街地の町端れには空屋が四軒までならんでいた。小さな窓は髑髏のそれのような真暗な眼を往来に向けて開いていた。五軒目には人が住ん・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 寝しずまった町並を、張りのある男声の合唱が鳴りひびくと、無頓着な無恥な高笑いがそれに続いた。あの青年たちはもう立止る頃だとクララが思うと、その通りに彼らは突然阪の中途で足をとめた。互に何か探し合っているようだったが、やがて彼ら・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・省作は無頓着で白メレンスの兵児帯が少し新しいくらいだが、おはまは上着は中古でも半襟と帯とは、仕立ておろしと思うようなメレンス友禅の品の悪くないのに卵色の襷を掛けてる。背丈すらっとして色も白い方でちょっとした娘だ。白地の手ぬぐいをかぶった後ろ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・三 食道楽と無頓着 二葉亭には道楽というものがなかった。が、もし強て求めたなら食道楽であったろう。無論食通ではなかったが、始終かなり厳ましい贅沢をいっていた。かつ頗る健啖家であった。 私が猿楽町に下宿していた頃は、直ぐ近・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・が耕吉のほかにもう一人十二三とも思われる小僧ばかりは、幾回の列車の発着にも無頓着な風で、ストーヴの傍の椅子を離れずにいた。小僧はだぶだぶの白足袋に藁草履をはいて、膝きりのぼろぼろな筒袖を着て、浅黄の風呂敷包を肩にかけていた。「こらこら手・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・普通の人ならせっかくの日曜をめちゃめちゃにしてしまったと不平を並べるところだが、時田先生、全く無頓着である。机の前に端座して生徒の清書を点検したり、作文を観たり、出席簿を調べたり、倦ぶれた時はごろりとそこに寝ころんで天井をながめたりしている・・・ 国木田独歩 「郊外」
出典:青空文庫