・・・だが、無頼漢共を量る時には、一年の概念的な数字に過ぎなかった。その一年の間に、人間の生活が含まれていると云う事は考えられなかった。それは自分には関係のない一年であった。その一年の間に、他人の生活の何千年かを蛹にしてしまう職業に携っている、そ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・…縁側の柱に膝を抱えて倚かかり、芽を青々と愛らしく萌え出した紫陽花の陰に、無数に並んで居る、真黒な足と下駄とを眺め乍ら、泰子は、殆ど驚歎して、彼等のお喋りや、誇示や、餓鬼大将の不快至極な、まるで大人の無頼漢が強請るような威圧を聞いたりした。・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・亀蔵と云う、無頼漢とも云えば云われる、住所不定の男のありかを、日本国中で捜そうとするのは、米倉の中の米粒一つを捜すようなものである。どの俵に手を着けて好いか分からない。然しそれ程の覚束ない事が、一方から見れば、是非共為遂げなくてはならぬ事で・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫