・・・そうして、ほどなく、見た所から無骨らしい伝右衛門を伴なって、不相変の微笑をたたえながら、得々として帰って来た。「いや、これは、とんだ御足労を願って恐縮でございますな。」 忠左衛門は、伝右衛門の姿を見ると、良雄に代って、微笑しながらこ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・青年は無骨そうにこう云った。自分は現在蟇口に二三円しかなかったから、不用の書物を二冊渡し、これを金に換え給えと云った。青年は書物を受け取ると、丹念に奥附を検べ出した。「この本は非売品と書いてありますね。非売品でも金になりますか?」自分は情な・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ 無骨な口で、「船に乗っとるもんでもが……現在、膃肭臍を漁った処で、それが膃肭臍、めっとせいという区別は着かんもんで。 世間で云うめっとせいというから雌でしょう、勿論、雌もあれば、雄もあるですが。 どれが雌だか、雄だか、黒人・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・彼等は、誰も彼れも、枯枝のように無骨で、話しかけられと、耳の根まで紅くした。彼等には軽蔑しているその偽札もなかった。椅子のある客間に坐りこむ、その礼儀も知らなかった。 二 病室には、汚れたキタならしい病衣の兵士たち・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・母が何時か特高室で会ったことのある子供を負んぶしていたおかみさんが、その蜜柑の一つを太い無骨な指でむいていたが、独言のように、「中にいるうちのおどに一つでも、こんな蜜柑を食わせてやりたい……!」と云って、グズリと鼻をすゝり上げた。お前の母は・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ 玉のほうは三毛とは反対に神経が遅鈍で、おひとよしであると同時に、挙動がなんとなく無骨で素樸であった。どうかするとむしろ犬のある特性を思い出させるところがあった。宅へ来た当座は下性が悪くて、食い意地がきたなくて、むやみにがつがつしていた・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・とにかく他の先生がたに比べてよほど書生っぽい質素で無骨な様子をしておられたことはたしかである。 まじめで、正直で、親切で、それで頭が非常によくて講義が明快だから評判の悪いはずはなかった。しかし茶目気分横溢していてむつかしい学科はなんでも・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・橋の中ほどから西寄りの所で電車の座席から西北を見ると、河岸に迫って無骨な巌丈な倉庫がそびえて、その上からこの重い橋をつるした鉄の帯がゆるやかな曲線を描いてたれ下がっている。この景色がまたなく美しい。線の細かい広重の隅田川はもう消えてしまった・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・むろん彼のようすにはじじむさいとか無骨すぎるとか、すべて粋の裏へ回るものは一つもなかった。けれども全面が平たく尋常にでき上がっているせいか、どことさして、ここが道楽くさいという点もまたまるで見当たらなかった。自分は妻といろいろ話した末、こう・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・籠は彼の手造りである。無骨な、それでも優しい暢やかな円天井を持った籠の中で、小鳥等は崩れる薔薇の響をきき乍ら、暖かい夢を結ぶようになった。 顔を洗いに行こうとして、何時ものように籠傍を通ると、今朝はどうしたのか、ひどく粟が乱雑になって居・・・ 宮本百合子 「餌」
出典:青空文庫