・・・ 彼等は、髪や爪が焼ける悪臭を思い浮べた。雪に包まれた江の向うの林に薄い紫色の煙が上りだした。「誰れやこしだったんだ?」 腰に弾丸がはまっている初田がきいた。「六人じゃというこっちゃ。」「六人?」 六人の兵士は、みな・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・家は焼けると灰となる。人間は死ねばそれッきりだ。が、土地だけは永久に残る。 そんな考えから、親爺は、借金や、頼母子講を落した金で、ちびり/\と田と畠を買い集めた。破産した人間の土地を値切り倒して、それで時価よりも安く買えると彼は、鬼の首・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・らへも少しずつ流れて来るような道を、ひらいて下さるお方もあり、対米英戦がはじまって、だんだん空襲がはげしくなって来てからも、私どもには足手まといの子供は無し、故郷へ疎開などする気も起らず、まあこの家が焼ける迄は、と思って、この商売一つにかじ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・のどが、からから枯渇して、くろい煙をあげて焼けるほどに有名を欲しました。海野三千雄といえば、ひところ文壇でいちばん若くて、いい小説もかいていました。その夜から、私、学生服を着ている時のほかには、どこへ行っても、海野三千雄で、押しとおさなけれ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・胸が焼けるほど恋しい。あの、いいお家には、お父さんもいらしったし、お姉さんもいた。お母さんだって、若かった。私が学校から帰って来ると、お母さんと、お姉さんと、何か面白そうに台所か、茶の間で話をしている。おやつを貰って、ひとしきり二人に甘えた・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・「ええ、焼ける家だったのですね。父も、母も、仕合せでしたね。」焔の光を受けて並んで立っている幸吉兄妹の姿は、どこか凛として美しかった。「あ、裏二階のほうにも火がまわっちゃったらしいな。全焼ですね。」幸吉は、ひとりでそう呟いて、微笑した。・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・この家は、焼けるままに放棄するという事になる。さらにまた聯合機の攻撃はこれまでの東京の例で見ても、まず甲府全市にわたるものと覚悟しなければならぬ。この子のかよっている医院も、きっと焼けるに違いない、また他の病院も、とにかく甲府には、医者が無・・・ 太宰治 「薄明」
・・・ばりばりと傘の骨の焼ける音が、はっきり聞えて、さちよは、わが身がこのまま火葬されているような思いであった。 本編には、女優高野幸代の女優としての生涯を記す。 高野さちよを野薔薇としたら、八重田数枝は、あざみである。大阪の・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・かすかな音であったけれども、脊柱の焼けるような思いがした。女が、しのんで寝返りを打ったのだ。」「それで、どうした?」「死のうと言った。女も、――」「よしたまえ。空想じゃない。」 客人の推察は、あたっていた。そのあくる日の午後・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・黒い炭の中に交ぜて炭取を飾り炉の中を飾る。焼けると真白に光って美しい。瓦斯の焔を石灰に吹きつけて光らせるのはドラモンド灯であるが、白炭の強い光を喜んだ昔の人は偶然に一種のドラモンド灯を知っていた訳である。 埋火 炭・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
出典:青空文庫