・・・扨それらの雑誌を見ると、殆んど大部分が東京の出版であり、熟れも此れも皆同じように東京人の感覚を以て物を見たり書いたりしている。彼等のうちにも多少の党派別があり、それ/″\の主張があるのではあろうが、私なんぞから見ると、彼等は悉く東京のインテ・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・銭湯から私の家まで、歩いて五分もかかりませぬし、ちょっとその間に、お乳の下から腹にかけて手のひら二つぶんのひろさでもって、真赤に熟れて苺みたいになっているので、私は地獄絵を見たような気がして、すっとあたりが暗くなりました。そのときから、私は・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・地上に咲き満ちる花と、瞬く小石と、熟れて行く穀物の豊饒を思え。希望の精霊は、大気とともに顫う真珠の角笛を吹く……」 けれども、そう書き終るか終らないうちに、苦痛の第一がやって来た。彼女は、幸福に優しく抱擁される代りに、恐ろしく冷やかに刺・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・枝もたわわに熟れた梨の実はあの甘い汁の皮の外にしみ出したように輝いて居る。萩はしおらしくうなだれてビワのうす緑の若芽のビロードの様な上に一つ、二つ、真珠の飾りをつけた様に露をためて――マア、私は斯う、小さい、ふるえたため息をもらさなくては居・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・法 まことにおだやかな日和はつづき家畜共さえ持てあますほどリンゴも熟れまいてのう。 これも皆神の御恵でござるわ。王 美くしゅうは熟れても、心のやくたいものうくされはてたのが多いのじゃ。法 したが世の中はその方が良い事が・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ もう真黄に熟れて居る金柑が、如何にも美味しそうに見える。 私が七つか八つの時分、金柑が大好きで、その頃向島に居た祖母のところへ宿りに行くときっと浅草につれて行ってもらって、金柑の糸の袋に入ったのを買ってもらった。 狭い帯を矢の・・・ 宮本百合子 「南風」
出典:青空文庫