・・・何の為に熱狂したのかは「改造」社主の山本氏さえ知らない。 すると偉大なる神秘主義者はスウエデンボルグだのベエメだのではない。実は我々文明の民である。同時に又我々の信念も三越の飾り窓と選ぶところはない。我々の信念を支配するものは常に捉え難・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・このチョコレットの代わりにガランスが出てきてみろ、君たちはこれほど眼の色を変えて熱狂しはしなかろう。ミューズの女神も一片のチョコレットの前には、醜い老いぼれ婆にすぎないんだ。ミューズを老いぼれ婆にしくさったチョコレットめ、芸術家が今復讐する・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・場内の熱狂した群衆は、私の姿など目にも留めない。 そのうちに閉場の時刻が来た。ガランガランという振鈴の音を合図に、さしも熱しきっていた群衆もゾロゾロ引挙げる。と、小使らしい半纒着の男が二人、如露と箒とで片端から掃除を始める。私の傍の青い・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・すると、元来熱狂し易い彼は、寿子を大物にするために、すべてを犠牲にしようと思った。 彼はヴァイオリン弾きとしての自分の恵まれぬ境遇を振りかえってみた。そして、自分の音楽への情熱と夢を、娘の寿子によって表現しようと、決心したのである。・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・実に日蓮が闘争的、熱狂的で、あるときは傲慢にして、風波を喜ぶ荒々しき性格であるかのように見ゆる誤解は、この身延の隠棲九年間の静寂と、その間に諸国の信徒や、檀那や、故郷の人々等へ書かれた、世にもやさしく美しく、感動すべき幾多の消息によって、完・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 以て如何に熱狂的だったかが知れるだろう。今度は、日清戦争のときの比ではなかった。戦争小説は、量的には無数に現れた。江見水蔭だけでも、百三十四篇を書いている。しかしながら、その多くは日清戦争当時と同じく、真面目な文学的努力になる・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ しかし、これほどの熱狂もいつのまにか三郎の内を通り過ぎて行った。伸び行くさかりの子供は、一つところにとどまろうとしていなかった。どんどんきのうのことを捨てて行った。「オヤ――三ちゃんの『早川賢』もどうしたろう。」 と、ふと私が・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・愚かには違い無いが、けれども、此の熱狂的に一直線の希求には、何か笑えないものが在る。恐ろしいものが在る。女は玩具、アスパラガス、花園、そんな安易なものでは無かった。この愚直の強さは、かえって神と同列だ。人間でない部分が在る、と彼は、真実、驚・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、トマス、痴の集り、ぞろぞろあの人について歩いて、脊筋が寒くなるような、甘ったるいお世辞を申し、天国だなんて馬鹿げたことを夢中で信じて熱狂し、その天国が近づいたなら、あいつらみんな右大臣、左大臣にでもなるつもりなのか・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・旅行から帰って、少しずつ仕事をすすめているうちに、私はあなたに対して二十年間持ちつづけて来た熱狂的な不快な程のあこがれが綺麗さっぱりと洗われてしまっているのに気が附きました。胸の中が、空のガラス瓶のように涼しいのです。あなたの作品を、もちろ・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫