・・・僕は幾番となく負けて、そのうちにだんだん熱狂しはじめたようであった。部屋が少しうすぐらくなったので、縁側に出て指しつづけた。結局は、十対六くらいで僕の負けになったのであるが、僕も青扇もぐったりしてしまった。 青扇は、勝負中は全く無口であ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・私たちの雑誌の性質上、サロンの出いりも繁く、席上、太宰さんの噂など出ますけれど、そのような時には、春田、夏田になってしまって熱狂の身ぶりよろしく、筆にするに忍びぬ下劣の形容詞を一分間二十発くらいの割合いで猛射撃。可成りの変質者なのです。以後・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・鶴は熱狂的に高慢であった。云々。暑中休暇がおわって、十月のなかば、みぞれの降る夜、ようやく脱稿した。すぐまちの印刷所へ持って行った。父は、彼の要求どおりに黙って二百円送ってよこした。彼はその書留を受けとったとき、やはり父の底意地のわるさを憎・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・そのうちに主人が私に絵をかく事をすすめて、私は主人を信じていますので、中泉さんのアトリエに通う事になりましたが、たちまち皆さんの熱狂的な賞讃の的になり、はじめは私もただ当惑いたしましたが、主人まで真顔になって、お前は天才かも知れぬなどと申し・・・ 太宰治 「水仙」
・・・目的の無い異様な熱狂に呆れたのである。あとには、私たち三人だけが残った。三馬鹿と言われた。けれども此の三人は生涯の友人であった。私には、二人に教えられたものが多く在る。 あくる年、三月、そろそろまた卒業の季節である。私は、某新聞社の入社・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・謂わば、ろれつが廻らない程に熱狂的である。しどろもどろである。訳文の古拙なせいばかりでも無いと思う。「わが誇るは益なしと雖も止むを得ざるなり、茲に主の顕示と黙示とに及ばん。我はキリストにある一人の人を知る。この人、十四年前に第三の天にま・・・ 太宰治 「パウロの混乱」
・・・こいつが、アレキサンダア・デュマの大ロマンスを読んで熱狂し、血相かえて書斎から飛び出し、友を選ばばダルタニアンと、絶叫して酒場に躍り込んだようなものなのだから、たまらない。めちゃめちゃである。まさしく、命からがらであった。 同じ失敗を二・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・けれども、男は、熱狂した。精神の女人を、宗教でさえある女人をも、肉体から制御し得る、という悪魔の囁きは、しばしば男を白痴にする。そのころの東京には、モナ・リザをはだかにしてみたり、政岡の亭主について考えてみたり、ジャンヌ・ダアクや一葉など、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・また、その本能的な言動が、かえって王子を熱狂させる程の魅力になっていたのだというのも容易に推察できる事でございます。けれども、果してラプンツェルは、あきらめを知らぬ女性であろうか。本能的な、野蛮な女性であった事は首肯出来ますが、いまの此のい・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・実際そんな単純な考えが熱狂的な少数の人の口から群集の間に燎原の火のようにひろがって、「芝」を根もとまで焼き払おうとした例が西洋の歴史などにないでもなかった。文明の葉は刈るわけにも焼くわけにも行かない。 始めのうちはおもしろがっていた・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
出典:青空文庫