・・・おれの声は低くとも、天上に燃える炎の声だ。それがお前にはわからないのか。わからなければ、勝手にするが好い。おれは唯お前に尋ねるのだ。すぐにこの女の子を送り返すか、それともおれの言いつけに背くか――」 婆さんはちょいとためらったようです。・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・それでも一時は火が燃えるの人を呼ぶ声が聞えるのって、ずいぶん大騒ぎをしたもんですよ。」「じゃ別段その女は人を嚇かす気で来ていたんじゃないの?」「ええ、ただ毎晩十二時前後にながらみ取りの墓の前へ来ちゃ、ぼんやり立っていただけなんです。・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・五軒目には人が住んでいたがうごめく人影の間に囲炉裡の根粗朶がちょろちょろと燃えるのが見えるだけだった。六軒目には蹄鉄屋があった。怪しげな煙筒からは風にこきおろされた煙の中にまじって火花が飛び散っていた。店は熔炉の火口を開いたように明るくて、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・同時にガブリエルは爛々と燃える炎の剣をクララの乳房の間からずぶりとさし通した。燃えさかった尖頭は下腹部まで届いた。クララは苦悶の中に眼をあげてあたりを見た。まぶしい光に明滅して十字架にかかった基督の姿が厳かに見やられた。クララは有頂天になっ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・この若々しい、少しおめでたそうに見える、赤み掛かった顔に、フレンチの目は燃えるような、こらえられない好奇心で縛り附けられている。フレンチのためには、それを見ているのが、せつない程不愉快である。それなのに、一秒時間も目を離すことが出来ない。こ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・浪が真黒に畝ってよ、そのたびに化物め、いきをついてまた燃えるだ。 おら一生懸命に、艪で掻のめしてくれたけれど、火の奴は舵にからまりくさって、はあ、婦人の裾が巻きついたようにも見えれば、爺の腰がしがみついたようでもありよ。大きい鮟鱇が、腹・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・いきなり、けらけらと笑ったのは大柄な女の、くずれた円髷の大年増、尻尾と下腹は何を巻いてかくしたか、縞小紋の糸が透いて、膝へ紅裏のにじんだ小袖を、ほとんど素膚に着たのが、馬ふんの燃える夜の陽炎、ふかふかと湯気の立つ、雁もどきと、蒟蒻の煮込のお・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・火がぱっと燃えると、おとよさんの結い立ての銀杏返しが、てらてらするように美しい。省作はもうふるえが出て物など言えやしない。「おとよさんはもうお湯が済んで」 と口のうちで言っても声には出ない。おとよさんはやがて立った。「おオ寒い、・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 胸にやるせなき思いを包みながら、それだけにたしなんだおとよは、えらいものであるが、見る人の目から見れば決して解らぬのではない。 燃えるような紅顔であったものが、ようやくあかみが薄らいでいる。白い部分は光沢を失ってやや青みを帯んでい・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・今では不用物だから、子供の大きくなるまでと言ってしまい込んであるが、その色は今も変らないで、燃えるような緋縮緬には、妻のもとの若肌のにおいがするようなので、僕はこッそりそれを嗅いで見た。「今の妻と吉弥とはどちらがいい?」と言う声が聴える・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫