・・・走りながらもぼくは燃え上がる火から目をはなさなかった。真暗ななかに、ぼくの家だけがたき火のように明るかった。顔までほてってるようだった。何か大きな声でわめき合う人の声がした。そしてポチの気ちがいのように鳴く声が。 町の方からは半鐘も鳴ら・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・遠くから眺めていると、自分の脱けだしてきた家に火事が起って、みるみる燃え上がるのを、暗い山の上から瞰下すような心持があった。今思ってもその心持が忘られない。 詩が内容の上にも形式の上にも長い間の因襲を蝉脱して自由を求め、用語を現代日常の・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・人々は、私の働きと力とをはじめて認めてくれたように、私の下で燃え上がる火のそばによってきます。そして、そこに、どんな光景が見られるとお思いですか?「いや、私は、屋根の上ばかりしか見ることができない。家の中のことはまったくわからない。どう・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・、両手もて輪をつくり、抱くように胸のあたりまで火の上にかざしつ、眼しばだたきてありしが、いざとばかり腰うちのばし、二足三足ゆかんとして立ちかえれり、燃えのこりたる木の端々を掻集めて火に加えつ、勢いよく燃え上がるを見て心地よげにうち笑みぬ。・・・ 国木田独歩 「たき火」
一 何もない空虚の闇の中に、急に小さな焔が燃え上がる。墓原の草の葉末を照らす燐火のように、深い噴火口の底にひらめく硫火の舌のように、ゆらゆらと燃え上がる。 焔の光に照らされて、大きな暖炉の煤けた・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・あたかも沸き上がり燃え上がる大地の精気が空へ空へと集注して天上ワルハラの殿堂に流れ込んでいるような感じを与える。同じようではあるが「全線」の巻頭に現われるあの平野とその上を静かに流れる雲の影のシーンには、言い知らぬ荒涼の趣があり慰めのない憂・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 十五 吼えろヴォルガ 「燃え上がるヴォルガ」(俗名、吼を見た。映画はそれほどおもしろいとは思わなかったが、その中でトロイカの御者の歌う民謡と、営舎の中の群集の男声合唱とを実に美しいと思った。もっと聞きたいと思うとこ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・山火事は谷から峰へと燃え上がるが、また上から下へも燃えて行く。しかし、デパートの火事は下へは燃えないで、上へばかり燃え抜けるから、逃げ道さえあいていれば下へ逃げればよい。下へ逃げそこなったら頂上の岩山の燃え草のない所へ行けば安全である。白木・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・大きな炎をあげて燃え上がるべき燃料は始めから内在しているのである。これに反してたとえば昔の漢学の先生のうちのある型の人々の頭はいわば鉄筋コンクリートでできた明き倉庫のようなものであったかもしれない。そうしてその中に集積される材料にはことごと・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・迷いもすればまた火のように強烈に燃え上がることもある。耽溺の欲望とともに努力の欲望もある。この内面の豊富な光景を深く理解した人の見方が、彼らの見方よりもいかに多くの高い価値を持っているか、それを血によって感じてもらいたいのである。彼らは多く・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫